彩風に、たかく翼ひろげて 22(R18)


「……ごめんなさい」
 ごめんなさい、と何度も繰り返す。拳を握りしめて愚かな自分を責めた。
 迅鷹が近くにきた気配がする。畳の擦れる音がして、それから目の前に手がおかれたのがわかった。
「隼珠よ」
「……へい」
 声が近い。頭上に相手の顔があるようだった。
「俺のそばにいても、まともな幸せは望めねえぞ」
「……」
「いつ死ぬかわからねえような生活だ。それでもいいのか」
 小さく縮こまりながら隼珠は答えた。
「鷹さんのそばがいいです。もう、どこにも行きたくないんです」
 ここがいい。自分にはこの場所しかない。他は嫌だ。
「そうか」
 ふっ、とため息にも似た、苦笑がもらされた。
「そんなに俺のそばがいいのか」
「……へい」
 頭に手がおかれた。髪がやわらかくまぜられる。
「なら、しょうがねえな」
 子犬を扱うような仕草に、許されたんじゃないかと期待がわきあがる。胸が痛くなるほど、嬉しかった。
 隼珠が顔をそっとあげると、迅鷹の手が首筋におりてくる。
「俺だって、本当のところは、お前は可愛いから手放したくはねえ」
 迅鷹は微笑んでいた。
「この頑固者め。お前の粘り勝ちだ」
 怒っていない。それがわかって、隼珠は思わず飛び起きた。
「鷹さん……っ」
 どちらから手を伸ばしたのか分からない。けれど、しがみついたとき迅鷹は拒否をしなかった。それどころか、自由になる手で隼珠を抱きしめてきた。
「鷹さん、鷹さん……っ」
 あふれる想いに押されて、迅鷹の背に両手を回す。阿修羅にしがみつきながら相手の名を呼んだ。泣くまいとこらえても、目が壊れたように涙はわいてくる。
 迅鷹はそんな隼珠をきつく抱きこんだ。
「隼珠」
 低い声が耳に入る。迅鷹の唇が耳朶に触れている。それほどまでに近くにいることに、心が震えた。
「俺のことが好きなのか」
「……へい」
 ぎゅ、と手のひらに力をこめる。もう拒否は嫌だというように。
「どんなふうに好きだって?」
 優しく響く声は、悪寒めいた激情を呼び起こす。手足が引きつれて頭の中が融けそうになった。
「……お、おんな、み、たいに」
「ああ」
「女が……好きに、なるみたい、に……好きなんです」
 そうか、と熱くささやかれた。
 甘い吐息とともに、耳たぶを噛まれる。隼珠はびっくりして首を竦めた。
「俺も、お前のことは好いている」
 首元に唇があてられ、そっと這わされて、痺れるような快感が背筋を駆け抜けた。
「……ぁ」
 細いあえぎに、迅鷹の手に力がこめられる。そのまま体重をかけられ押し倒された。背中に畳が触れる。隼珠の顔を見おろしながら、迅鷹が微苦笑した。
「こんなに可愛くすがられちゃあ、我慢もできなくなるぜ」
「……鷹さん」
 迅鷹が呟きとともに顔をよせてくる。隼珠は瞼をとじた。
 やわらかくて熱いものが、唇に深く重なる。なでるように食まれて、首筋がゾクゾクと粟立った。
「ふ……っ……ぅ」
「お前にだけは、手をだすまいと思っていたんだが」
 唇を離さずに、迅鷹がもらす。隼珠が浅く呼吸すると、あいた口に舌がねじこまれた。
「もう無理だな」
「……あ、あ、鷹さ……」
 迅鷹の舌先は、隼珠の口内を力強く侵略してきた。隼珠の薄い舌の上で、自分のものを何度もこすりあわせ、逃げれば押されて、避ければ上あごを弄られる。
「……は、ぁ、ふ」
 閨のことは何も知らない隼珠はそれに翻弄され、ただされるに任せるしかなかった。
 唇をあわせただけで、身体が生け捕られた魚のように何度も跳ねてしまう。下肢には甘苦しい、ねっとりとした飴のような欲情がたまりはじめた。
「お、俺、……ぁあ、ど、どしよ……」
 身体の変化に戸惑って、大きく口をあければ、ふさぐように唇がかぶさりまた吸われる。頭が真っ白になって、瞼の裏に稲妻が走った。
「抱いてほしいか?」
 問われて目をあけた。自分の四肢はしどけなくほどけ、腰は突きだすようになってわなないている。隼珠の男のものは、情けを欲しがって濡れ始めていた。
 ――そうしてもらえるのなら。どんなにいいだろう。
 こくりと心細げにうなずけば、迅鷹の瞳にも欲望の影が生じる。
「かわええことばかり言いやがって」
 もういちど、激しく唇をあわされた。泥沼に沈められるような甘美な感覚がやってくる。
「……ぁ、ぁ」
 迅鷹が右手だけで隼珠の帯をほどいた。着物をはだけさせると、大きな手を肌にあててくる。まるで隼珠の細い骨格を確かめるかのように、しなやかに指先を滑らせた。優しくて、愛情深い仕草だった。
「……ん、んっ」
 小さな乳首を、つんと摘ままれる。
「あっ」
 跳ねた声が出て、隼珠は思わず両手で口をふさいだ。
「……ん、ん、んふっ」
 鼻からもれる息に喘ぎがまざってしまう。困惑して息をとめた。
「声を気にするな」
「で、でも、……聞こえたら」
「ここは母屋の最奥だ。誰も来やしねえ。子分らはみな、離れで寝ちまってるさ」
 そう言って、きゅとまた乳首をひねる。ピリリとした痛みとも快楽ともとれる感触に、隼珠の腰はまた震えた。
 迅鷹は左手を庇うように布団に身をおいて、隼珠を押しつぶさないように気を配りながら右手で胸を弄んだ。親指と人差し指で乳首を摘まみあげて、先端だけ顔をのぞかせた小さな部分に、舌をあてて刺激してくる。
 ちゅ、と吸われると、どうにもならないくらい気持ちよかった。
「ぁ、は、ぁ……そ、それは……」
 迅鷹が、自分の身体を舐めている。それだけでもう頭の中がおかしくなりそうだった。
「ああ、鷹さん、鷹さん、俺、もう……」
 泣きそうな声ばかりがもれてくる。胸を弄られるという初めての感触は、想像もできないくらい気持ちをたかぶらせた。
「お前、このくらいで泣きを入れてきたら、最後までもたねえぞ」
「け、けど、けど……」
 さっきとは違う嗚咽が絶え間なく生じる。
「俺、だって、こんなふうに鷹さんにされるなんて、考えても、みなかったから」
 ひくっとしゃくりあげれば、迅鷹が微笑んだ。精悍な容姿に甘さがまじる。その瞳が自分だけを見ていることに、嬉しすぎてまた涙が出た。
「頑固なくせに、意外と脆えんだな」
 迅鷹が眦に唇をあてる。こぼれた雫を舌ですくわれて、くすぐったさに肌が粟立った。



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