リカバリーポルノ 05(R18)
◇◇◇
羽純からの連絡は数日後に届いた。
『了解。七月十六日土曜日。午後九時、新宿四丁目、アズマ第一ビル前にて待つ』
と、文面に簡単な日時と場所が記されている。
羽純自身の気持ちはどこにも添付されていなかった。それにわずかな落胆を覚えつつ、これは仕事の取引の延長線上にあるものだから、表面上は淡々とこなすべき案件なのだろうと納得した。
指定されたその日、建翔はスーツを着て約束の場所に向かった。できるだけ心証はよくしておきたかったからだ。羽純に対しても、まだ見ぬ『自分を掘る』相手に対しても。
午後九時少し前、建翔は都心の繁華街、シティホテル近くの路上で待ちあわせた相手と落ちあった。
「やあ」
声をかけてきたのは羽純の連れの男のほうで、建翔は一目見るなり嫌な予感に襲われた。
男は見るからに軽薄そうな、派手ななりをした中年男だった。若作りのツーブロックに、不自然に小麦色な肌。流行最先端と思われるデザイン性の高い服に金ぴかのネックレスと時計。いかにも怪しげな金持ちといった雰囲気のその男は、物腰はやわらかいが不気味な威圧感があった。堅気とやくざの境界線上という感じがする。そして羽純の服装も、今まで見たことのない派手なものだった。
薄手の光沢模様が入ったイエローのシャツを、胸元まであけている。パンツは白。目元が赤い。酔っているのか、少しふらつく身体を横のオラオラ系男が支えていた。
「なら、いこうか」
自己紹介もなくそう言った男の手には、ボストンバッグがさげられている。建翔は中に何が入ってるのかと不安になった。羽純のほうを見るも、とろりとした目で薄い笑いを浮かべているだけだ。
――この男に掘られるのか、俺は。羽純の目の前で。
突然、現実感がやってきて、思わず逃げだしたくなった。けれど、ここで逃げたらその後はない。
建翔は動揺を押し隠して、仕方なく先導していく男についていった。
男はシティホテルに入っていき、自らフロントへ向かいチェックインをして鍵を受け取ってきた。その間、羽純は建翔の視線を避けていた。相手が何を考えているのかわからないが、こっちはこっちで緊張している。かける言葉も見つからない。
「じゃあ、移動しようぜ」
男に声をかけられ、三人でエレベーターにのって七階まで移動した。
チェックインをした部屋はダブルで、大きな窓からはきれいな夜景が見えていた。男は窓際からソファを持ってくると、ベッドのよく見える位置にそれをおいた。
「さ、羽純はここに腰かけてな」
猫なで声で彼を座らせる。そうしてバッグをあけて、中からテキーラの瓶を取りだした。
「飲めよ」
蓋を取って渡すと、羽純はそれをいきなりラッパ飲みした。
「おいおいおい」
羽純は酒に弱いはずだ。なのにごくごくと飲んでいる。
建翔はなりゆきが心配になってきた。この男はいったい何者なのか。もしかして羽純のセフレか、それとも趣味の悪い恋人なのか。
「さあ、それじゃあ始めようか。あんた、まず後ろ向いて」
「……あ、ああ」
渋々言われたとおりに背を向けると、男はバッグから何やら取りだして近づいてきた。
「風呂入ってきた? 準備は?」
「彼に言われた通りしてきました」
建翔が羽純にちらと目をくれる。
「おっけ、ところであんた、羽純の片想いの相手だったんだってなあ」
両手を掴まれ後ろに引っ張られる。ガチャリと音がして手が不自由になった。驚くと、「おもちゃだ。なに、大したものじゃない」と男が笑う。手首に金属の感触があって、手錠をかけられたのだとわかった。
「お手やわらかにお願いしますよ」
「わかってるよ」
男は建翔から離れると、バッグをベッドの上でひっくり返した。すると中から、ローション、バイブ、縄、そして袋に入った怪しげなドラッグの錠剤がばらばらとでてくる。
「ちょ、ちょっと」
これは何だ、と問おうとしたら、男に制された。
「抵抗するなよ。何でもやるって言ったんだろ」
「し、しかしあんたね、これは」
「羽純が見たいって言ってるんだよ。自分をこっぴどく振ったあんたが、めちゃめちゃにされるところを、ってね。いきつけのゲイバーで泣きながら俺に訴えてきたんだよ」
「筧(かけい)さんっ」
羽純が大きな声をあげた。
「俺の話はいいですから、やっちゃってください」
椅子から身をのりだし、少しろれつの回らない口調で言う。
「ああ、わかったよ」
さすがに鈍感な建翔も、この状況は普通ではないと気づき始めた。ただのピストン運動ですまされるようなものではない。自分は羽純の前で、玩具のように扱われるのだ。
「……羽純」
情けない声がもれたが、相手は酒が入っているせいか、こちらを見る目つきは爛々としている。『やっぱりやめてくれ』と言っても聞きいれてくれそうな雰囲気ではなかった。
――原料名、配合条件、製造過程。
頭の中にその言葉が浮かぶ。呪文のように。
これから起こることを我慢しさえすれば、それが手に入るのだ。
筧と呼ばれた男が、建翔の襟首を掴んで、ベッドにうつ伏せに押し倒した。
「――うっ」
男の手が後ろからベルトのバックルに回ってくる。ガチャガチャと音を立ててベルトが外されると、スラックスとボクサーパンツが一緒に引きおろされた。
「羽純ぃ、見てみな。お前が欲しがってたモノだぜえ」
男が建翔の腰を、羽純の方に引っ張る。無理矢理足をひらかされて、建翔の尻から性器までが露わになった。男がひゃははと笑う。羽純もつられて低く笑った。
「さあ、なら始めるかぁ?」
男が大きな声をだす。伸びあがって、部屋の入口のほうに向かい、まるで誰かを呼ぶようにして叫んだ。
その不自然な動作に建翔が疑問を感じた瞬間、バスルームのドアがひらいて中から男が三人でてきた。どれも筧と同じような見た目の集団だった。
羽純の顔がサッと強張る。建翔も目をむいた。
何が起きたのかと呆然となる羽純に構わず、いきなり現れた男らはドカドカと近くによってきた。
「おお、可愛い兄ちゃんだな」
「ノンケか。ガッツリ喰ってやるぜ」
ベッドに土足でのりあがり、建翔の身体を押さえてくる。
「ちょっ……ちょっと、筧さんっ、これっ、どういうっ」
立ちあがろうとした羽純を、男のひとりが肩を掴んで座らせた。
「黙って見てな。犯られるところを見たかったんだろ」
「約束が違う。こんなこと、頼んでないっ」
「約束?」
筧がベッドをおりて、羽純の横へ移動していった。
「どうせ楽しむんだったら、多いほうがいいだろ。こいつは俺のツレが犯る。頼まれたとおり。そうして、俺はお前を犯る」
「……え?」
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