リカバリーポルノ 09


◇◇◇ 


 数日後の昼休み、建翔が食堂で昼食を終えて研究棟の自分のデスクに戻ると、少し離れた場所で部下が三人、顔をよせて何やら話をしているのに気がついた。
 いずれも男性社員で、ぼそぼそと小声で喋りながら互いのスマホをのぞきこんだり見せあったりしている。
 その怪しげな様子に、建翔は午後の仕事の準備をしながら声をかけた。
「何してんの?」
 他意なくたずねたつもりだったが、部下らはみな一様に肩をビクリとさせた。
「や、今仲さんですか」
「ビックリさせないでくださいよ」
「何だよ。そんなに驚いて。またやらしーサイトでも見てたんだろ」
 ファイルをかさねつつ軽口をたたく。しかし彼らは笑わなかった。
「何? どした」
 建翔の問いに、顔を見あわせる。
 そうして、ひとりが言いにくそうに口をひらいた。
「知らないんですか、今仲さん」
「なにを?」
 まだためらう様子を見せながら、それでも部下のひとりが近づいてくる。残りも後に続いてやってきた。
「何だよ」
 建翔に自分のスマホを差しだす。相手の顔には戸惑いしかない。訝しみつつ、それを受け取って画面を見た。 
 とたんに、全身の血が引いた。
 目に飛びこんできた画像に、心臓がとまりそうになる。建翔は目を泳がせた。
 ――これは何だ。これは、もしかして――……。
 そこには服をむかれて、半裸で身をよじる羽純の写真があった。
 ホテルの一室、大きな四角い窓、壁にかかった絵画、羽純の服装――。全てに見覚えがあるものだ。
 画面の左半分に、背後から男に支えられベッドの上に座る羽純がいた。
 足をひらき、男性器は丸見えの状態になっている。羽純の顔はゆがんでいた。けれど、彼だとハッキリ確認できた。
 そして、さらに血が冷えたのは、右半分に自分が写っていることだった。
 スマホを持つ手がわななく。冷静になろうにも、衝撃は思考を打ち砕いた。
 写真の中の自分は、スラックスを膝まで脱がされ、うつ伏せで尻をこちらに向けていた。尻の穴と嚢が確認できる。そして、顔は――。
 幸いなことに、顔の部分はピントがぼやけて曖昧になっていた。振り向く形で撮られていたが、顔面の三分の一が肩で隠れ、建翔だと判断はつきにくい状態になっていた。きっと羽純にカメラの焦点をあてていたためだろう。
「……これ」
 呆然としたまま呟く。
「ネットにあがってるんですよ。これ、一越さんとこの部長さんですよね」
「ネットのどこに?」
「投稿型SNSに。この前のテレビ出演の情報と一緒に」
 どこのどいつが。いや、わかり切っていた。あのときの、あの男たち、筧らだ。
 怒りよりもまず底知れない恐怖がやってくる。
「まだ写真、あるんですよ。動画も」
「動画もか」
「元のデータはもう消されて、アップした奴は逃げちゃってますが、コピーが出回ってて」
「動画は?」
 部下はスマホを受け取ると、操作して動画も探しだした。再び手渡されて観てみると、動画は羽純が男らに押さえつけられて見悶えているものだった。画面一杯に彼の身体が映しだされている。顔も下半身もあらわだった。声も入っている。しかし羽純の声だけだ。羽純は嫌がっているようにもよがっているようにも見えた。酔っていたせいだろう。
 残りの写真は、テキーラ片手に男と笑っているものと、ベッドの上で男性器を弄られているものだった。全部で三枚。筧らは特定できないように編集されていた。ひどい扱いだった。
 建翔の写真は一枚だけで、姿形はわかりにくいものだった。きっと彼らの標的は羽純ひとりだったのだろう。しかしそれを幸運とは全く思えなかった。
「あ、でも、この一緒に写っている男……」
 部下が自分のスマホを見ながら声をあげる。それにヒヤリとした。
 彼は次の言葉を飲みこんだが、きっとこう言いたかったのだろう、――『今仲さんに似ていませんか』と。
 建翔は自分の服を見おろした。今日は午前中、外出だったため背広を着ている。それは写真の中の服と同じだった。目立たない普通のグレーのスーツ。けれど……。
「おいおい、やめろよ」
 声が震えた。それを誤魔化すように、冗談めかした顔を取り繕う。
「そうだよ、失礼になるからヘンなこと言うなよ」
 別の部下が、言いそうになった男をいさめる。けれどそれで、皆が何を考えているのかがわかった。
 全員が、写真の男を建翔ではないかと疑っているのだ。
「勘弁してくれ。似てねーよ」
 ヘラッと笑って、彼らから離れる。
 そうして部屋をでて急いで更衣室へと向かった。自分のロッカーから作業服を取りだして震える手で着がえる。それが終わればスマホを握りしめてトイレの個室にこもった。
 ウェブサイトで『一越技研 一越羽純』と検索してみる。するとでるわでるわ、羽純に関する情報がこれでもかと表示されてきた。画像検索すると写真も次々現れる。彼の個人情報も多くのネットの人間によって暴かれていた。つい先日、テレビ出演したことが災いした。
 きっと筧らは、あの番組を観たのだろう。それで、平然と出演している姿にムカつきを覚えたのかもしれない。いつからネットに投稿されたのか調べてみると、今から一週間前、番組のすぐ後からだとわかった。彼のプライバシーだけでなく、会社についても色々と書きこまれていた。テレビにでたとはいえ羽純は一般人だ。なのにネットの誰ともわからぬ人間らの、下種な興味の餌食となっている。
 建翔は個室の中で頭を抱えた。
 自分のことも書かれていた。一緒に写っているこの男は何者なのか、プレイ仲間か恋人なのかと。いくつも載せられた建翔の画像は、どれも顔が隠されておらず、代わりに尻の穴にモザイクがかかっていた。顔はいいが尻にはプライバシーがあるというのか卑猥物扱いなのか、ふざけた加工だった。
  際限なくあらわれる情報を調べているうちに昼休みが終わってしまい、仕方なく一旦検索をやめてデスクに戻る。午後の仕事を心ここにあらずの状態で、しかしいつも通りの普通の顔でこなしていく。そうしながらも羽純のことが気になってしょうがなかった。あいつは今頃、どうしているのだろうか。
 午後七時まで怪しまれない程度に残業をしたのちに、皆に挨拶をして研究棟を後にした。その間も鼓動は落ち着かず、心臓は痺れたようにずっと痛んでいた。
 着替えて会社を出て、駅までの大通りを歩きつつ、羽純に連絡を入れようかどうしようかと思い迷う。彼には『もう二度と会いたくない』と言われている。
 もしも、羽純が今回のことをまだ知らずにいるのなら、それを最初にしらせるのが自分であっていいのだろうかと考えてしまう。こんなことを大嫌いな人間に教えて欲しいものなのか。普通なら、お前にだけはしらされたくなかったと怒るだろう。
 駅前商店街の人通りの多い場所を歩きながら、ここにいる人達のどれ程があの画像のことを知っているのかと怖気を感じた。自分ももう、どこの誰なのか特定されているかもしれない。
 羽純に連絡を取りたい。あいつはまだ大丈夫なのか。
 仕事にかこつけてメールを送ろうか。あいつは嫌がるだろうが、現状を知りたい――。



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