リカバリーポルノ 12(R18)


「わかったよ」
 今、羽純を現世につなぎとめているのは自分だけだ。自分の身体だけが、こいつの欲求の全てで、唯一の救済なんだろう。
 建翔は羽純の腕を引っ張って抱きしめた。肉感の全くない華奢な肢体に、果たして自分は勃つのだろうかと不安になった。
 けれど、気力と根性で勃たせてやる。こいつを助けるためならば、何だってしてやると言ったのだ。羽純を追いつめたのは自分だ。こうなってしまった原因は自分にある。大学生だったあのとき、自分が傷つけなければ、今日のこのときは生じていなかったのだろうから。
 居間のクローゼットと反対側の壁にはシングルベッドがおいてある。建翔は無言で羽純をそこに移した。ベッドに横たわらせて、上にのしかかる。羽純の顔の横に手をつき、首元に顔を埋めた。耳の下に口づけると、羽純はかるく身をよじった。
「……は」
 もらされたため息に、感じているんだな、と不思議な気分になる。肩をなでて、そのまま手を移動し、胸を揉もうとして空をつかんだ。あるべきものがないことに、ちょっと戸惑う。
「羽純」
 顔を起こして、向かいあった。羽純の目はぼんやりとしていた。
「俺、男抱くのは初めてなんだ。だから加減がよくわかんねえ。お前が、して欲しいことをちゃんと言ってくれ。そしたら、その通りしてやっから」
 ふたりともまだ身体が濡れた状態だった。建翔のこめかみから水が滴る。それがあごを伝って、羽純の頬に落ちた。
「……キス、して」
 薄い唇が、ほんの少しわななく。そうして、食虫植物が虫を誘うようにゆっくりとひらかれた。奥は暗くて、真紅の舌が官能の化身のように横たわっている。けれどなぜか拒否感はわかなかった。
「わかった」
 建翔は首をかたむけて、その小さな洞窟のような場所に口づけた。自分の舌を差しこみ、中を探れば、羽純は痙攣を起こしたかのように全身を震わせた。
「――ああ」
 舌を絡ませると、満足そうに喘ぐ。羽純の身体に嫌悪感はない。まるで小さな子供をあやすような感触があるだけだ。それで、自分は彼のことを愛しているのではないとわかった。感じているのは憐れみと、罪悪感だけなのだ。可哀想に思っている。だから抱く。
 どこまでも卑怯だと思った。自分のことを。どうして愛してやれないのか。胸をふさぐのは哀しみや寒々しさで、それに守ってやらなきゃという責任感、そして後悔と自己嫌悪も感じていた。そんなものがぐちゃぐちゃに入りまじって、建翔を責め立てた。
「今仲……」
 羽純が腕をまわして、建翔の背に爪を立てる。すがるような仕草にまた胸がきしんだ。
 なぜ羽純は自分のことが好きなのだろう。こんな不実な男を。他にもっと優しくていい奴は一杯いるだろうに。どうしてこんな男に捕まってしまったのか。
 疑問を感じながらも、それでも舌を動かした。きっと恋なんてそんなものなのだろう。選んでできるわけじゃない。
 あるとき自分でも思いがけないきっかけで、それにとらわれてしまう。苦しみしかないとわかっていてもとめられるものではないのだ。
「どうして欲しいか、言えよ」
 唇を離して、間近でささやく。
「さあ。次は、どうする?」
 羽純が焦点の曖昧な目つきで、うっそりと笑った。
「……舐めて」
 羽純が笑うのを見たのは久しぶりだ。けれど、その笑顔は幽霊みたいに怪しげだった。
「どこを舐める?」
「全部だ」
「わかった」
 唇を舐めて、それから頬を舐めた。あごに舌を這わせて、耳たぶ、首筋、鎖骨とたどった。骨っぽい肌は、体温が低いのか少し冷たくて、建翔が触れればそこからふつふつと粟立っていった。素直な反応に口元がゆるむ。遊ぶように歯をたてると「あ」と応えられた。
「痛い?」
「痛いの、いい」
「いいのか」
「今仲」
 うん、と顔を持ちあげれば、羽純は切なげに言った。
「乳首」
「うん」
「いじめて」
「噛むのか」
 羽純は両手をシーツに投げだして、首を振った。
「つねって」
 そうして、胸をグッと持ちあげてくる。頬に赤味がさし、瞳が潤んでいた。
「こうか」
 両手で小さな場所をつまんでひねる。くにくにっと力を加えれば、「ああっ」と高い声があがった。
「……いいっ」
「これがいいのか」
「もっと、もっと、して」
 しこりはじめた薄紅の実を、指先で引っ張って、さらにもみこむ。
「ん、ンンっ、ふっ」
 羽純は頭を起こして、自分が何をされているのか見ようとした。
「今仲、……ああ、今仲」
 建翔の下腹に触れていた相手の性器が、ぐん、と伸びあがるのがわかった。ビクビクッと揺れながらあっという間に勃ちあがっていく。
「感じてんのか」
「うっ、うんっ、あ、あ、はっ」
 ひらいた口から、間断なく声があがる。乳首を刺激しただけで、こんな風になるとは。羽純はこの行為に慣れているのだ。
「お前、今まで何人の男と寝てきた」
 あの純情だった羽純を変えてしまったのは誰なのか。筧だったのか。けれど、あいつは羽純とは寝ていないようなことを言っていた。
「どれだけ経験したんだよ」
 不可解なことに、嫉妬めいた感情を覚えていた。羽純は自分だけのしもべだったはずなのに、他の誰かのものになっていたなんて。
「どれだけ、でも」
「それって、どんだけだ」
「わからない」
「わからないほどたくさんなのか」
 少しの失望を感じて、「は」と呆れたように笑うと、羽純が目をあげてきた。その顔が悲しげにゆがむ。
「けど、全部、お前だったよ」
 言われた瞬間、手の動きがとまった。
 呆然となり、指先から力が抜けていく。
「……」
「ぜんぶ、お前だったんだよ」
 羽純が嫌々をするように首をふった。そうして見る間に瞳を濡らしていった。
 どういうことかわからないほど、愚鈍なわけでもない。
 こいつは今までずっと、たくさんの男と寝てきた。それは事実なんだろう。けれどそれは全部、多分、自分に似た奴だったのだ。顔が似ていたのかもしれない。声かもしれない、身体つきかも。しかし全て、自分とかぶる部分があったのだ。
 羽純は建翔と離れてから八年間、ずっとその影を追い求めて、身代わりになる相手を探してきたのだ。
「お前は馬鹿だ」
 こんな男に束縛されて。
 建翔の言葉に羽純がまた笑う。そんなことはわかり切っているとでもいうように。
「お前とヤレるんだったら、死んでもいいと思っていた」
 羽純は泣きながら笑っていた。全てを失って絶望にまみれて、死際まできて今やっと、欲しいものが得られたのだから嬉しくて悲しくて仕方ないというように。



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