リカバリーポルノ 14


◇◇◇


 その晩は、建翔は羽純の横で、一睡もせずに眠る姿を見守った。
 寝息が規則正しくなっていくのを確認して、やっと人心地がつく。
 羽純は今、死にそうな雛鳥みたいなものなのだろう。世話をする人間がいないと生きていけない。そして自分は親鳥の役目を担っている。
 建翔はその責任を強く感じた。
「……羽純」
 明け方、少し目をひらいた相手にそっとささやく。
「俺、買い物にいってくるから。お前はここで寝てろ。いいか、どこにもいくなよ。帰ったらまたセックスするからな。わかったな」
 セックスする、と言えば羽純はぼんやりしながらもうなずいた。まるで魔法をかけているようだな、と思った。その言葉が彼をここにつなぎとめている。
 急いで着がえて部屋をでると、徒歩五分の場所にあるコンビニへと向かった。店に入り、とにかく必要と思われるものを大急ぎで買いこむ。建翔は料理をしない。だから食料品も部屋にはほとんどない。とりあえずレトルトや冷凍食品など、簡単に食えるものを大量にカゴに放りこんだ。
 大判のレジ袋ふたつを両手にさげて部屋に戻ると、羽純はベッドで眠っていた。ほっとしつつ買ってきたものを整理する。それから会社に『体調を崩したので、今日は有給を取ります』とメールをした。仕事も今は落ち着いている。休んでもメールでやり取りすれば何とかなるはずだった。
 レトルトの粥を温めて、栄養補給ゼリー飲料も用意する。衰弱した人間の食事といえばこれ位しか思いつかなかった。
「羽純、起きたか」
 キッチンから居間をのぞけば、羽純は目を覚ましていた。
 ベッドに横たわったまま、天井を見あげている。その顔つきが正気の人間のものじゃないような気がして、建翔は急いで食事の用意をした。
「これ、食え」
 食器用トレーなど持っていなかったから、スチール棚にあったデスクトレーの文具をあけて、粥の入った茶碗とスプーン、そしてゼリー飲料をのせてベッドまで運ぶ。
 羽純は全裸だったが、建翔は服をださなかった。服を着れば外にでられるようになる。今は外にだしたくなかったから、あえて服は着せなかった。
 羽純はぼんやりとトレーを見おろした。
「食わせてやるよ」
 食欲などないのだろう。スプーンを持ちあげるのさえ億劫だといった表情に、建翔はスプーンと茶碗を手にして、粥をすくって口元まで運んでやった。
「ほら、食え」
 湯気の立つひと匙の粥に、羽純は興味を示さない。仕方なくアルミパウチのゼリーの蓋をあけた。こちらならまだ食べやすいかもしれない。
「口あけな」
 わずかにあいた歯の隙間に、飲み口をさしこむ。ゼリーを絞りだすも、飲みこむ気配はなかった。
「しょうがねえな」
 建翔は自分の人差し指を相手の口の中に突っこんだ。中をかき回して、「俺の指、吸ってみな」と言う。羽純は素直に従った。それでゼリーが嚥下された。
「もっかい」
 何度か繰り返すうちに、羽純が「今仲」と呟いた。
「何だ?」
「セックスしたい」
「……」
 指で刺激されている内に兆してきたのか。
 それなら、これ全部食ってからな、と言おうとしたところに羽純が続ける。
「お前の精液、食いたい」
 建翔は苦笑した。
 羽純にしてみれば、ゼリーや粥なんかより、建翔の身体のほうがずっと栄養なのだろう。けれど欲しがるものを与えれば、もしかしたらそのほうが身になるのかもしれない。
「わかったよ」
 自分も何も食っていない。
 建翔はゼリーの残りを飲み干すと、服を脱ぎ捨てた。


◇◇◇


 何度も交わって、互いにいくども果てた後、羽純はまた眠りに落ちた。
 その間に建翔はベッドから起きあがって風呂場にいき、羽純の汚れたスーツからスマホを取りだした。所々破れた背広はもう着られそうになかったから、あいたレジ袋につめておく。羽純のスマホは建翔と同じ機種だったので、部屋に戻って充電器につなげた。ベッド脇でそうしていたら、羽純が目を覚ました。
「お前のスマホ、充電したけど」
 差しだすと、羽純は急に顔を青くして、子供のように怯えて震えだした。
「……」
 怖くて電源を入れることができないらしい。
「連絡しておかないとまずいんじゃないのか。家族も心配してるだろ、きっと」
 あまり困らせるようなことは言いたくなかったが、それでも無事でいるしらせぐらいはしておかないといけない。
「……できない」
 それもそうか。だから山の中まで逃げていったのだろうし。
「なら、俺が、連絡入れてやろうか。誰か、話せそうな人がいたらしてやる」
 羽純は少し考えこむようにした。それから、ぼそりと「妹、なら……」と呟いた。
 スマホの電源を入れてパスワードを本人に聞く。連絡帳をひらき、建翔が電話をかけた。すぐに電話はつながった。
『お兄ちゃん!』
 電話口から、若い女性の声が響いてきた。
『今どこにいるの? ちゃんと生きてるの? 心配したのよおっ!』
「あの、すいません、俺、本人じゃなくて、友人の今仲建翔って言います」
『えっ』
 相手の声が強張る。
『兄はどうなってるんですか』
 震え声の妹に、建翔はなるべく冷静に話しかけた。
「今、一越は俺と一緒にいます。俺の自宅で休んでます。大丈夫です、生きてますから」
 わずかの沈黙のあと、彼女がたずねる。
『……どんな状態なんですか』
「それは」
『連絡なく失踪して何日も行方知れずで、捜索願いだしたところだったんです。兄がそこにいるなら代わってもらえませんか』
 怒りと心配で、興奮した声だった。
「本人、だいぶ疲れているみたいなんで、話は無理だそうです。けれど、無事でいますんで、心配しないでください」
 また沈黙。それで、彼女も写真と動画のことを知っているのだとわかった。



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