リカバリーポルノ 15(R18)


「あの、俺のほうで、責任もって面倒見ていますんで。しばらくこっちで預からせてもらってもいいですか。何かあったらすぐに連絡しますから」
 羽純のほうを見る。彼は耳を塞いで赤ん坊のように身体を丸めていた。
『そんな状態で、病院とかはいったのでしょうか』
 確かに言われたとおりだ。
「病院は――」
 羽純に目を移すと、病院という言葉に、嫌々をするように首を振っていた。
「わかりました。病院は本人の状況を見て、必要ならすぐに連れていきます。それから、俺の電話番号を伝えておきますから、連絡がある場合は、そっちにかけてください」
『……兄は、元気なんですか』
「元気じゃないですけど、当分は俺がきちんと世話をします」
『……』
 羽純の妹は、あまり納得していない様子だったが、引き取りにくるとも、兄を家に帰らせるようにとも言わなかった。きっと、今帰ったところで家も会社も混乱状態なのだろう。それならば、渦中の兄は落ち着くまで身を隠しておいたほうがいいと判断したらしい。
『――では、申し訳ありませんが、お世話にならせて頂きます。どうぞ、兄をよろしくお願い致します』
 最後には、妹は丁寧に世話になる礼を言った後、電話を切った。
 スマホの電源を再び落として、羽純にたずねる。
「妹だけでいいのか? 親は?」
「……親は、いい」
 それで思いだした。羽純の両親は確か、彼が六歳のときに離婚していたはずだ。昔そんな話をした憶えがある。きょうだいは妹だけで、父親は以前世話になった社長の一越。母親については全く知らない。
「羽純」
 シーツに顔を埋めている姿が哀れに思えて、建翔は頭をなでてやった。
「ずっとここにいていいからな」
 優しく髪をかきまぜる。羽純は顔をあげずに嗚咽をもらした。
 細く、糸を引くようなその声は、絶望と悲しみに満ちていて、建翔はやり切れない思いでそれを聞いた。


◇◇◇


 羽純が落ち着くのを待って、建翔は食事の準備をした。
 とにかく何か食べさせねば。このままでは本当に病院に担ぎこまれることになる。ゼリー、牛乳、粥など食べやすそうなものを選んで、トレーに並べて羽純の元に持っていく。
「さ、起きあがれ。これ食うぞ」
 身体を起こして、背中とベッドボードの間にクッションをはさんで座らせた。泣き腫らした目でぼんやりとしている羽純に、まずは紙パックの牛乳を飲ませる。ストローを唇の間に入れて、パックをそっと押した。
「体力つけないと。またするんだからな」
 こくり、と喉が動くのを確認して言う。
「元気になってくれ。頼むから」
 青白い頬をなでてやると、羽純は瞳を伏せて、またこくりと牛乳を飲んだ。少しずつだが、羽純は建翔のかける言葉と一緒に食べ物も身体に入れていった。
 あらかた食事が終わると、今度は傷の手当てをした。両手は傷だらけだったけれどほとんどが擦過傷だったので、傷当て材を順番に貼っていく。
「そういえばさ、大学のときさ、俺がインフルにかかって死にそうになったことがあっただろ」
 薄いシリコン材を、ペタペタと患部に被せていく。羽純からの答えはない。
「あんとき、アパートに助けにきてくれたの、お前だけだったよな。講義もサボって食料買いこんで。うつるのも構わず看病してくれた。あれ、実家から離れてたからすごく心強かったよ」
 そうだ。あのとき親身になって世話をしてくれたのは羽純だけだった。こいつだけが、建翔のために尽くしてくれた。
 ふと、目をあげると、羽純はまた泣いていた。ぽろぽろと声はあげずに静かに涙をこぼしている。
「ごめん、すまん、無神経だった」
 建翔は慌てて話を切りあげた。昔の幸せだった頃の話はつらいだけなのに。自分ひとりがいい気持ちで感傷にひたってしまっていた。
「悪かった」
 抱きしめて、頬やひたいにキスをする。
「今仲」
「うん」
「抱いてくれ」
「わかったよ」
 ベッドに押し倒して、深く口づける。
 戻れない過去、取り返せない時間。そして、狂わせてしまった現在と未来。それを全部忘れて、ただ生きるためだけの行為をする。
「舐めて」
「どこを」
 羽純は舐められるのが好きらしかった。
「全部」
「ああ」
「お前に舐められると死ぬほど気持ちいい」
 建翔は苦笑した。
「生かすために舐めてんだけどな」
 そうして、身体中を舐めてやった。
 手、足、指の隙間、胸に腹、尻に性器はもちろんのこと、脇やへその奥、そして顔中に、耳の穴、髪も、それをかきわけた皮膚も、最後には挿入しながら目玉も舐めてやる。羽純はそれが気に入ったらしく、眼球を舐めながら揺さぶると、ひどく嬉しげに声をあげた。きっと、そこまでしてくれるのかという満たされた気持ちになるのだろう。建翔だって、そんな特殊性癖じみた真似はしたことがなかったから今までになく興奮した。
 食わせて眠らせて、セックスして、ただそれだけを繰り返す。時間の感覚もなくなるほどに。会社には、一週間の有休を申請した。
 そして疲れ果ててぐったりとなった羽純が眠りに落ちると、建翔はベッドを抜けだして買い物にいったり、ノートPCをチェックしたりした。
 羽純と自分の情報がどれくらい拡散されているのかをノートPCで調べていく。事件については、ネットの掲示板や、情報をまとめたサイトなどで面白おかしく取りあげられていた。テレビにでたとはいえ羽純は一般人だ。なのに住所や出身校、家族関係なども写真つきでさらされている。『貴公子くんの残念情報』『この人、うちの会社の取引先だよ』『しょせん裏ではこういう人』などと書きこまれ、一越技研のホームページも炎上状態になって閉鎖されていた。
 ネットで噂をしている人間は多分、彼について思うところがあるわけではないのだろう。ただ単に新しい玩具を与えられて、それをもてあそんで楽しんでいるだけなのだ。多くの、ほんの小さな失敗や間違いでさらしあげをくらった不幸な人間を扱うのと同じように。けれどやり方は犯人と同じほど無情で悪質だった。
 そうしながら建翔はネットを漁って、あるひとりの人間の情報も探り始めた。



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