彩風に、たかく翼ひろげて 44
◇◇◇
夜明けを待つ間に、屋敷からたなびく煙は消えていた。
人々の影が、小さな斑点のように黒い畦道を行ったり来たりするのがうすぼんやりと見える。
濃紺の空がわずかに蒼く、そして冴え冴えと澄んで、朝の色に変わっていく。晩秋の木々のすきまから、隼珠は遠くに広がる光景を眺めていた。
迅鷹が後ろから隼珠を抱きしめている。欅の木にふたりでもたれて、新しく始まる日を静かに待っていた。息がわずかに白い。けれど着物と火照った肌を重ねあっているから、寒さは感じなかった。
「隼珠、……俺は監獄にいくぞ」
背後で男がささやく。覚悟を決めた言い方に、隼珠は答えられずただ黙って聞いた。
それは出入りを決断したときから、避けては通れぬ道であった。
死ねばそれまで。生き残れば、たとえ博徒同士の喧嘩であっても、法の裁きが待っている。白城と赤尾の対立は、付け火に出入りと死人も出た。蛇定は死んだが、彼の過去の行状とあわせて警察の捜査が入るだろう。
「だが、必ず戻ってくる」
隼珠の細い身体を抱きしめながら言う。
耳元にかかる低く掠れた声を、隼珠は絶対に忘れまいとした。
監獄という場所が、どれほど過酷なのかは隼珠も知っている。あそこでは劣悪な環境に粗末な食事、過酷な労働に命を落とす者も珍しくはないのだ。
「俺は蛇定みたいに逃げ回ったりはしねえ。自分のしたことの落とし前は、自分でつけてくる」
隼珠は待っていろと言って欲しかった。必ず戻るからそれまで待てと、そう命じてほしかった。しかし迅鷹自身もこれからどうなるのか分からないのだろう。何年、収監されるのかもわからない。だから待っていろとは明言しない。
けれど迅鷹は、必ず戻ってくると言った。
だから隼珠は待つつもりでいた。
あの、白城の屋敷で。この人の帰るのを。
いつまでも、待つつもりでいた。
目次 前頁へ< >次頁へ