白金狼と、拾われた小犬の花嫁 02
「せめて発情すれば、客もついたのにね。お前、ホントにオメガなの?」
そうたずねるララレルは発情期をとっくに迎えたオメガで、首には革のベルトがはめられている。
これは、うなじを不用意に客に噛まれないようにするためだった。オメガはうなじを噛まれると、その相手と番が成立してしまう。だから番のいないオメガは大抵、身を守るために首輪をしていた。
「ちんちんの形はオメガだって、ここのご主人様に言われたけど」
ロンロにも一応、首輪がつけられている。全く無用の長物と化しているのだが。
「ホントはベータなのかもね。まあ、どっちにしろ不細工」
ララレルが手をひらひらさせて、次の客を呼びよせる。順番待ちをしていたうちのひとりが、舌をハッハッとさせて駆けよってきた。
客と一緒に仕事部屋へと入っていくララレルを見送り、また壁にもたれかかったロンロは、ふと、何か不思議な匂いを感じ取って、鼻をクンクンさせた。
何だか刺激のある甘い香りがする。嗅いだことのない、鼻腔を突き抜ける奇妙な香りが。
そのとき、娼館の入り口扉が大きな音をたててひらかれた。
「狼族が街にやってくるぞ!」
この館の主である太った親父が、叫びながら中に入ってくる。
「北の山脈を越えて、平原に入ったらしい。早烏(からす)がしらせてきた。すぐにここにくる」
「何だって? 平原は遙か彼方だぞ」
「狼族の足の速さを知らんのか」
館主は急いで建物の奥へと走っていった。
「オメガを集めろ! 地下二階の倉庫に隠せ!」
廊下に並んだ扉を順番にあけて、仕事中の男娼たちからオメガだけを選んで連れ出す。
「領主はオメガを差し出せと言うだろうが、そうはいくか。大事な商売道具を取らてたまるかい」
ララレルも半裸の恰好で、客から引き剥がされて出てきた。何が起こっているのかわからないといった顔で、他のふたりのオメガと共に、階段へと背を押される。
「おい、ロンロ、お前もオメガだろ。こっちへこい」
館主に引っ張られて、ロンロも一緒に階段をおりた。
「お前が狙われる心配はないだろうが、万一、狼族に見つかったときは、お前だけが部屋から出てこい。それで奴らをごまかせ。他の三人は藁の中に隠れてろ」
地下二階は真っ暗で、奥にかび臭い倉庫がある。そこに四人は押しこめられた。
「白金狼のフェロモンは強力で、犬なんか狂い死にするらしいが、いいか、何があっても声を立てるな。苦しくても絶対に騒ぐんじゃないぞ」
そう言い残し、館主は外から扉に鍵をかける。真っ暗な中で、四人は身をよせあった。
「……変な匂いがする」
男娼のひとりが怯えながら言う。
「苦しいよ、この匂い。甘すぎて吐き気がする。喉が痛い」
「白金狼って、北の狼国の王様だろ?」
ララレルが袖で鼻と口を押さえているのか、こもった声で言った。
「だったら、すっごい金持ちなんじゃないの? 運命の番を探してるって言ってたけど、もしも選ばれたら、めちゃくちゃ贅沢な暮らしができるんじゃない?」
「何言ってるんだよ、ララレル、発情期の狼なんかに犯されたら、僕たち犬は抱き潰されるどころじゃないよ、死んじゃうよ」
もうひとりが泣きそうな声で答える。
「怖いよ、怖い。狼なんて大嫌い」
「俺は怖くなんかないね、王様ってどんな姿をしてんだろ、恰好いいのかな」
ララレルが平気そうな声で言う。けれど彼の背中に触れていたロンロは、その背筋が小さく震えていることに気がついた。
匂いがどんどん強くなっている。息苦しくてむせかえるほどのきつい芳香だ。吸いこむと肺から胃から、煮えるように熱くなっていく。ロンロも全身が震えだした。
今まで発情期を迎えたことのなかった未熟な身が、どうしたわけか、この香りには反応する。痺れるような、濃厚な香り。官能というものを全く知らないロンロでさえも、強制的に情欲を引き出されるような――。
ドクン、と心臓が大きく鼓動した。
同時に、身体中が寒気に襲われたかのように痙攣し始めた。手足がぶるぶるとわななき、息が苦しくなる。腸がひっくり返るように暴れ出す。そして血が全身を駆け巡り、汗が大量に噴き出してくる。
「――あ」
発情だ。
ヒートがやってきたんだ。
生まれて初めての、発情が――。
けれど、これはきつすぎる。
全神経と、肉と血が、いっせいに性に目覚め狂い出す。こんなの、頭がおかしくなってしまう。
暗闇の中、他のオメガたちも呻き声を立て出した。白金狼のフェロモンが、まるで毒のように身を侵し始めている。全員、身をよじり首をかきむしり手足をバタバタさせた。
「欲しい……欲しいよ、犯してよぅ……こんなの、イヤだあ、苦しいよ……っ」
床を転がりながら泣き叫ぶ。ロンロは自分の後孔から、なにかが流れ出すのを感じた。トロトロとした感触は、発情に伴って発生するオメガ独特の体液だ。身体が勝手に、犯される準備を始めている。
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