白金狼と、拾われた小犬の花嫁 01


【この話の世界観】

住人は全て獣人。同じ種族で集団を作って生活をしている。
男女の性の他にバース性と呼ばれる、アルファ、ベータ、オメガという三つの性が存在する。
アルファは優秀な人種で、ベータは人口の大多数を占める平凡な人種、オメガは男女ともに子供を産める種。
アルファとオメガは、成長するに従い発情期を迎え、発情すると互いに相手を誘うフェロモンを発するようになる。
アルファはオメガがいなくても、年頃になれば自然と発情する。
アルファとオメガには、出会った瞬間に強烈に惹かれあう『運命の番』という相手がいる。
運命の番は、どちらかの死によって解消される。



◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇


 北の大陸、狼国には、白金狼の王がいる。
 銀色の瞳に、白金色の獣毛を持ち、その血統は代々至高のアルファである。
 彼が発情期を迎えるとき、王国に住む狼族のオメガは等しく彼の高貴なフェロモンにあてられて悶え苦しむという。
 王が運命の番を見つけるまで、その苦悶は続き、中には命を落とす者もいる。
 それほどの強い芳香を持つ狼族は、ただひとり白金王だけ。
 彼だけが、最強のアルファ狼として、あまねくこの獣の世界に名を馳せている。


◇◇◇


「北の狼国じゃあ、アルファの白金王が年頃になり発情期を迎えたらしいが、どうしても番が見つからず、オメガ狼はそのフェロモンに狂わされて次々悶絶死しているんだと」
「それで、海を渡ってわしら犬族の住む大陸まで、番探しにやってきたってのかい」
「王みずから軍を率いて、行く先々の都市で門を無理矢理ひらかせ、犬族オメガを献上させていると聞くぞ」
「犬が狼の運命の番になれるのかい?」
「狼国で候補が見つからんから、仕方なく探しとるんだ」
「狼にわしら犬が敵うはずがない。全く厄介なことだ」
 夜更けの男娼館で、順番待ちをしている客たちが、椅子に腰かけ酒を飲みつつ噂話をしている。
 ロンロはその横を通りながら彼らの話を聞いた。
「おいっ、うす汚え恰好で、俺たちの前を通るんじゃねえよっ!」
 いきなり腰を蹴られて、ドサリと床に転がる。手にしていた麻袋がひっくり返り、少ない荷物があたりに散らばった。
「す、す、すいません」
 慌てて拾い集めると、ロンロは頭を下げて客から離れた。
 小柄な身体に、着古した麻の服。ボサボサの灰色の髪に小さな耳の犬族ロンロは、この娼館で働く少年だった。しかし、男娼というわけではない。見た目が貧相で色気のかけらもなく、顔も不細工なロンロは十八歳の今日になるまで全く客がつかず、ついに今夜、他の奴隷商人に売られることになっていた。
 小心で大人しい性格のロンロは、そっと目立たぬように部屋の隅まで移動した。蹴られた腰をさすりつつ、引き取り手の商人がくるのをじっと待つ。
 そうしていたら、この娼館で一番人気のララレルが客を送って商売部屋から出てきた。
「やあロンロ。まだいたのかい」
 けだるげに髪をかきあげ、長衣の裾を払いながらロンロに声をかけてくる。
「うん、ララレル。今まで仲良くしてくれてありがとうね」
「お前と仲良くしてきたつもりはないよ。知ってる? お前、ガレー船に売られることになってるんだって。あそこじゃあ、手足にかせをつけられて、朝から晩まで船をこがされるんだってね。お前、チビでひ弱だから三日で死んじゃうよ、きっと。あはは」
 ララレルはきれいな顔をした犬族少年だった。ピンと張った栗色の耳に、手入れの行き届いた同じ色の髪。瞳も栗色。顔立ちは愛らしい。
 この獣の世界では、犬族も狼族も、そして遠い地に住む他の動物族らも、かつてこの世に住んでいたヒトの姿と、いにしえの自分たちの獣姿と、そしてその中間の姿を自在に取ることができる。
 ほとんどの動物族は、一番生活しやすいヒトの姿になって、種族を示す耳と尾だけをだして暮らしている。ロンロも頭の両側に小さな耳と、ズボンの尻部分からちょこんと丸い尻尾を見せていた。
「そんな怖いこと言わないでよ。泣きたくなっちゃうじゃん」
 怖がりのロンロが身を震わせる。
「仕方ないさ。だって孤児で雑種で不細工じゃあ、他にどうしようもないんだもん」
 ララレルの冷たい言葉に、ロンロはしゅんと耳をたれた。
 犬族は見た目の美しさや身体の大きさで、その価値が決まってくる。ララレルはかつては血統書つきの家柄だった。没落してここにきたが、いつかは金持ちに身請けされるだろうと言われている。
 反対に、どんな犬種の血が混ざっているのか全く不明の、生まれも定かではないロンロのような雑種は、犬社会では最底辺の地位におかれてしまう。

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