白金狼と、拾われた小犬の花嫁 13


「ロンロ」
 王が暗い目をして呟く。
「私は王の森で、お前は嘘がないから好きだと言った。そのことを覚えているか?」
「……」
「私は嘘を見抜くことができない。人の表情を読み取る力に欠けているのだ。だから今、お前が嘘を言っているのか、本当のことを喋っているのか判断がつかない」
「グラング……」
「お前は、本気で私が嫌いなのか。毎晩嫌々、抱かれていたというのか」
「……」
 ロンロは自分の悪臭に吐き気をもよおしながら、重い口をひらいた。
「そうです」
 答えた瞬間、グラリと身体が傾ぐ。
 強烈な匂いにあてられて気分が悪くなったのだ。意識が遠のき、バタリと床に倒れこんでしまう。
「ロンロ!」
 助けに来てくれたのはララレルだった。他の者は皆、匂いがきつくて近よれなかった。
「あ……」
 ララレルに抱え起こされて、ロンロはグラングを見あげた。王の顔は真っ青で、失望が広がっていた。
「ではお前を自由にしてやろう。今すぐ、故郷へ送り返してやる」
 そうして手を伸ばすと、なぜかララレルの腕を掴んだ。ロンロではなく従者を無理矢理立ちあがらせ、入り口まで引っ張っていく。
「運命の番など、もういらん。私はどうせひとりだ」
 王の行動に、皆が驚いた。
「陛下!」
 廊下にいた老学師がグラングに近づいていく。そして彼の前に立ち、行く手を阻んだ。
「陛下、おしずまりください」
 王の腕にそっと手をあてて、耳打ちする。
「その者は、ロンロ様ではございません」
 グラングの眉が、ピクリと持ちあがった。腕を掴まれていたララレルは、ビックリした顔で王を見あげている。
 グラングは一瞬だけ、瞳を宙にさまよわせた。何か、自分の犯した間違いを探るかのように。眼差しはいつもとちがい虚ろだった。
 それからララレルの腕を放すと、ひどく不機嫌な顔をした。
 部屋の中を再度見渡すようにし、怒りを抑えた声音で命令する。
「皆、ここを出ていけ」
 一言だけだった。けれど、それで部屋の入り口にいた十人ほどが、黙って扉から離れていった。グラングの前にいた学師も、ララレルを連れて最後に部屋を出ていく。残されたのは、ロンロだけになった。
「……グラング?」
 白金王は、ロンロに背中を見せたまま動かなかった。
 ロンロはふらつく身体を引き起こし、グラングに一歩近よった。
「もしかして……グラングは、目が、……見えないの?」
 グラングは答えなかった。
 静かな沈黙が部屋に満ちる。王は威厳をもって佇んでいたが、やがて大きく息をついた。
「――見えぬ訳ではない」
「……え」
「ものの形を認識できないのだ。色も、大きさも、モザイクのように壊れている。そして見るたびに形を変える。十三のときに、頭に怪我を負って以来、この狂った世界の中で生きている」
 彼の声は冷静だった。
「このことは、国民にも、他国にも秘密にしている。白金王の目が壊れていると知れたら、近隣諸国が不穏な動きを取るかもしれないからだ。けれど嗅覚と聴覚は研ぎすまされているし、事情を知っている側近だけはいつも近くで手助けするから、見えている振りもできていた」
 ロンロには後ろ姿を見せたまま喋り続ける。
「お前には、どう伝えようかと迷っていた。白金狼がこんな姿でと、落胆されたりしたらやりきれなかったからな」
「そんな、そんなこと、思ったりしません」
 ロンロはグラングに駆けよった。そして、背中を抱きしめた。
「ごめんなさい。ごめんなさい、グラング。僕は、僕は……っ」
 腕を前に回して、ギュウッと力をこめる。
「嘘をついてごめんなさい。本当はそばにいたいんですっ、あなたのことが好きなんです。けれど、……だって、僕がいると、グラングが困るからっ」
「ああ、やっぱりそうだったのか」
 グラングは、ロンロの小さな手を上から握ってきた。
「では、お前は、私に抱かれるのは嫌じゃないんだな」
「嫌じゃないです。全然嫌じゃない。すごく気持ちいいです」
 ロンロが正直な気持ちを告げると、グラングはやっと安心したように笑った。
「私もお前のことが好きだよ。可愛いロンロ」
 首を傾げて後ろを振り返る。
 その笑顔は、安堵と愛情に満ちていた。  

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