白金狼と、拾われた小犬の花嫁 12
ロンロは隣にいたララレルと共に足をとめた。
「代々、この国の王妃の首にかけられていた品を、汚すのはおやめ下さい」
扉のすみに身をよせて、ララレルと耳をそば立てる。王はそれに冷静に答えた。
「なぜ、汚すことになるのか。ロンロは私の運命の番である」
部屋の中の会話が途切れる。これ以上の言い争いは不毛だというように、しばらくして司教や家臣の数人が扉から出てきた。ララレルとロンロは急いで近くの柱の陰に隠れた。
「王は気が触れていらっしゃる」
「誠に嘆かわしい。一体どうしたらあの犬を処分できるのか」
「……」
司教がわずかに押し黙る。そして低く唸るように言った。
「王には、きちんとわかってもらわねばならない。これがどれほど、愚かなことなのか」
そして、気味悪いくらいの暗い表情で、司教らはその場を去っていったのだった。
◇◇◇
自分の居室に戻ったロンロは、椅子に座って考えた。
グラングはどうしてあんなにロンロと結婚したがるのだろう。
ロンロと自分の国とどちらが大切か。そんなこと、考えるまでもないことなのに。
運命の番が、誰をも不幸にしてしまうのだとしたら。
「……いないほうがマシなんじゃないかな」
ぽつりとこぼす。番を解消するには、どちらかが死ななければならない。けれど、ロンロには自ら命を絶つほどの度胸はない。それに自死は最良の方法とは思えなかった。きっとグラングを悲しませる。
「どうしたらいいのかな」
ない知恵を絞って考える。運命の番は、フェロモンで嗅ぎわけられる。グラングも初めて会ったとき、ロンロのことを他のオメガとは全く違う、よい香りだと言った。だったら、この匂いさえなくなれば、グラングはもうロンロに惹かれることはないのでは。ロンロは幼い思考で考えた。
「ララレル」
隣で菓子を貪る従者に呼びかける。
「何?」
「ちょっと、考えたんだけれど」
「何を?」
「運命の番を、解消する方法。手伝ってくれない?」
そう言うと、ララレルは「何なに?」と興味津々に近よってきた。
◇◇◇
夕刻になって、グラングが一日の政務を終えてロンロの居室にやってきたとき、部屋の前は大騒ぎになっていた。
「これは一体……うっ」
侍女や従者が集まり始めている。ロンロは部屋の真ん中に立ち、王が現れるのを待っていた。
「なんだこの匂いは」
グラングが顔をしかめ、手で口元をおおいながら部屋の戸口に顔を見せた。
「ロンロ、お前か」
「はい、グラング」
「何がお前に起きた?」
「僕の体臭が、変わってしまったようなのです」
「何?」
「今朝から、体調が優れませんで、それで、どうしてか、こんな体質になってしまいました。だからもう、運命の番ではないと思います」
部屋中に異臭が漂っている。それは、ロンロの身体から発していた。
「どうか、もっとあなたにふさわしいオメガを探しにいってください」
グラングが匂いのきつさに涙目になりながら、一歩近づいてくる。
「これは、酢、腐った卵、魚を発酵させたものに、カメムシか……」
グラングの鼻の正確さにロンロは驚いた。確かに、それらをララレルと一緒に混ぜて、身体に塗りつけたのだった。
「馬鹿なことを。こんなものでフェロモンが消えるものか」
グラングがロンロの前までくる。
「司教らの悪口に屈したのか、それとも本当のところは私のことなど嫌いで、毎晩抱かれるのが嫌で、こんな真似をするのか、どっちだ」
「……え」
「本当のことを言え」
「……グラング」
ロンロは答えられなかった。
優しいグラング。
ここにきてからずっと、ロンロのために沢山の居心地のよい物を揃えてくれて。王妃として迎えるために、腐心してくれて。こんな貧相な雑種の自分のために、家臣らを敵に回して。
そんな人のことを、嫌いなわけがない。むしろ、すごく――運命の番という理由を抜きにしても――いつの間にか、好きになっていた。
見た目も美しく逞しい白金の狼王。
こんな素晴らしい人が、自分にふさわしいわけがない。
「どちらも、本当です」
嘘をついた。
悪口なんて、慣れている。屈してなんかない。
それにグラングのことは大好きだ。けれど好きだからこそ、グラングには幸せになってもらいたい。
運命の番が自分でも、グラングを幸せにできる相手は、自分じゃないのだ。
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