白金狼と、拾われた小犬の花嫁 14


 グラングは狼に姿を変えると、ロンロも犬に変身させて首根っこをくわえた。
 そうして、森の麓にある川までひとっ飛びで駆けてゆき、一緒に水の中に飛びこんだ。身体を隅々まできれいに洗いあって、やっと人心地つく。川辺でひとしきり遊べば、すっかり夜になっていた。
 城に戻ってベッドに入ると、またヒトになる。そして抱きあった。
「グラング、僕、あなたに目が悪いなんて言ってしまってごめんなさい」
「いい。気にするな。あれのおかげで、私はお前のことがよりいっそう好きになったのだから」
「ええっ。どうしてですか」
「事実をハッキリと口にされて、衝撃を受けたのだ。今まで私に面と向かってあんなことを言った者はいなかったからな」
「そ、それは……そうでしょうね」
 ちょっと冷や汗が滲んでしまう。けれどそれも可愛らしいというように、グラングはロンロにキスをしてきた。
「これからも、私のそばで真実を伝えてくれ。お前のことは信用している」
 小さなロンロを包みこむようにして抱きしめる。大切な宝を手にした人のように。
 その肌の温かさを感じながら、ロンロは彼に護られているようで、同時にこの孤高の王を護っているような、切ない気持ちにもさせられた。


◇◇◇


 翌日、ロンロとグラングのもとに、司教がやってきた。
「教会は、ロンロさまを正妃と認めることに致しました」
 司教が銀色の耳をピクピクさせながら告げる。
「王の幸せこそが、この国の幸せ。ひいては教会と信徒の幸せと悟りました」
 慇懃な物言いで、うっそりと笑みを浮かべた。そのいやらしげな微笑は、グラングには見えていない。ロンロは嫌な空気を感じた。
「その代わり、私の解任を教皇庁に訴えることだけはやめていただきたい」
 司教の言葉に今度はグラングが笑う。
「いいだろう」
 どうやら、水面下で王は司教を辞めさせようと画策していたらしい。ふたりは互いの利益を取引したのだった。
「ありがとうございます」
 司教はグラングに礼を言った。
「では、早速明日より、式の準備に取りかからせていただきます」
 三人が話しているところに、侍女が飲みものを運んでくる。
 盆にのった三つの杯を、それぞれに手渡していった。杯の中には、甘くて香りのいいロンロの大好きな林檎酒が入っていた。
「陛下と、新たな妃に、幸あれ」
 司教が杯を掲げて、酒を飲み干す。
 ロンロも口元に杯を持っていった。林檎酒の爽やかな香りが鼻腔をくすぐる。
 一口飲もうとしたそのとき、バタンと大きな音を立てて部屋の扉がひらかれた。
「すみませんっ、失礼しますっ。ロンロに、大切な用事がっ」
 部屋に入ってきたのはララレルだった。緊張した面持ちで、ロンロのもとに近よってくると、腕をグイと掴んでささやいた。
「ちょっとこい」
「え? 何? どしたの」
 そのまま引っ張られて外に出る。ふと振り返ると、憎々しげにこちらを睨んでいる司教と目があった。
 何事かとうろたえるロンロを廊下のすみまで連れていき、ララレルは顔をよせてきた。
「林檎酒に、毒が入っている」
「えっ」
「さっき、教会の信徒のひとりが、林檎酒の準備をしているところを偶然見たんだ。『毒を仕込め、それで犬は死ぬ』と言っていた」
「……本当に」
「ああ。お前が死んだら、俺が運命の番になれるかもだし、黙ってようかなとか、ほんのちょっとだけ考えちゃったけど、やっぱ、目の前で死なれたら嫌だし。だから助けにきた。司教の用意した酒は飲んじゃダメだ」
「うんわかった。ありがとう、ララレル」
 ロンロはララレルの手を握って礼を言った。
「君は命の恩人だよ」
「おう、死ぬまでそのことよく覚えておけよ。いつか恩返しもしろよ」
「絶対するよ」
 ロンロが涙目になると、ララレルも微笑む。やっぱりララレルは大切な友達だ。狼国に一緒にきてもらって本当によかった。そう思っていたら、部屋の中から大きな音が響いてきた。
 ガシャガシャガシャーン、と卓や椅子をひっくり返す音がする。
「何だ?」
 ロンロとララレルは慌てて部屋に引き返した。
 中に入ると、グラングが真ん中で仁王立ちをしていた。苦しげに息をつきつつ、見えない目をギラギラさせている。その近くに、冷酷な顔の司教が立っていた。
「……何を入れた」
 グラングが手で喉元を押さえながら、司教に問う。
「私の酒に、何か、入れただろう」
 グラングの表情がうつろになっていく。手足を大きく震わせ始める。
 ロンロとララレルは真っ青になった。

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