笑顔の成分 05


 ◇◇◇


 冬次の言葉は気にかかったが、それを的野に尋ねてみることは、雪史にはできなかった。
 的野がこの前、縁側で自分のことを突き放すように言い捨てたことも引っかかっていたからだ。雪史がここを離れていた五年の間に、友達関係は変わってしまったのだろうか。
 数日後、雪史は的野から友人たちの集まりに誘われた。商店街の一角にある焼き鳥屋に皆が集まってるらしいから、加佐井も一緒に行こうと仕事終わりの的野に声をかけられたのだ。
 的野と出かけられるのは嬉しかったから、雪史は行くと返事をした。
 待ち合わせ場所で落ち合って、ふたりで暗くなった商店街を歩いて小さな居酒屋までいく。チェーン店ではない、個人経営の焼き鳥屋だった。
「こんばんわー」
 ガラガラと手動の扉を開ける。少し煙い店内には、客が埋まっていた。「いらっしゃいー」という親父の威勢のいい声に、「おー、きたきた」「こっちこっち」という若い声がいくつもかぶる。
 カウンターと座敷席がある店を奥へ進めば、男女合わせて六人の集団が座敷席でくつろいでいた。
「きたー、加佐井くんだー、久しぶりぃ」
「おー、ホントに加佐井だ。相変わらず童顔だなおまえ」
 ずいぶん場はでき上がっているらしい。雪史は誰が誰だか思い出そうとして、目を泳がせた。
 冬次を含めた男子三人はなんとなく見覚えがあるが、女子三人は全く記憶にない。かろうじて、亜佐実だけが判別できた。とにかく座れ座れとうながされて、スニーカーを脱いであがりこむ。空いた席へと通されれば、知らない女の子に両側からはさまれてしまった。
 的野が雪史の対面に腰を下ろす。大丈夫? というように視線を送られて、口元が少し引きつった。実は女の子は苦手だった。口下手なせいで、話がちゃんとかみ合ったためしがないのだ。
 それでも飲み物を勧められて、色々と話題を振られれば、なんとか昔の仲間意識が思い出されて、うまく輪の中に溶け込めてくる。的野が時々、気を使ってか話をさらっていってくれることにも助けられた。
「加佐井くんってさ、昔も今も、話、振られると一瞬、ぴくって子犬みたいに反応するよね」
「えっ。そ、そう?」
 瞬きしながら肩を竦めると、それよそれ、とはやし立てられる。顔を赤くしていたら、目の前の的野が助け舟を出してくれた。
「あんまりいじんなよ。加佐井が怖がってるやないか」
「ひどーい、苛めてるわけじゃないんだからね」
 雪史の隣の女の子と的野がじゃれあうような言い合いをはじめる。雪史は落ち着こうと、大振りのコップを手に中身を飲もうとして、ふと的野の肘の辺りに目をやった。
 的野の二の腕に、横に座った亜佐実がさりげなく手をかけている。
 的野は気付いているはずだろうに、知らない振りをしていた。注意をして見ていれば、ふたりは時々、額を寄せ合うようにしてこそこそ話をしている。亜佐実の方は、含み笑いで応えていた。周囲はそんなふたりに何も言わない。
 ――ああ。
 ……そうか。そういうことか。
 そういえば、と思い返してみれば、亜佐実には見覚えがあった。的野のSNSに時々、写真が載っていたのだ。ツーショットのものもあれば、友人たちと集団で写っているものもあった。いつも一緒にいるんだろう。
 つまり、ふたりはそういう関係、――恋人同士なのだ。
 それに気付いた時、体温がすうっと下がっていくような感じがした。
 的野だったら、恋人がいたっておかしくはない。明るいし優しいし。見た目だって格好いいし。モテたって当たり前なのだ。
「おい、ジョシ樹、そこの七味とって」
 的野の反対隣にいた冬次が、的野のことをそう呼んで、雪史はハッと顔を上げた。
「ジョシ樹ゆーな」
 言われた的野は口を尖らせて飲み物を手にする。
「ジョシ樹なんだからジョシ樹って呼んだっていいやろうがー」
 からむ口調で冬次が身を乗り出してきた。
「オンナ名前のジョシ樹ちゃーん。怒んないでよー」
「冬次、なに言ってんの。やめなよ」
 亜佐実が冬次をいさめる。三人のやり取りに、雪史は場の雰囲気が悪くなるんじゃないかと心配になった。
 的野は好樹という名前のせいで、小学校の頃よく『ジョシ樹』とからかわれていた。意地の悪い奴らに『好』という字を『女子』と呼び変えてはやし立てられたのだ。その呼び方が嫌いで、取っ組み合いの喧嘩になったこともある。六年の時には相手に怪我をさせて大問題になったこともあった。
 あれから何年もたって、本人も嫌がっているのに、まだそのあだ名で呼ばれているのかと懸念する。けれど的野は冬次に苦笑しただけで、七味を押し付けると、軽く流して終わらせた。
「冬(トウ)ジジイ、飲みすぎなんじゃないの」
 自分も好きじゃなかったあだ名で周りから突っ込まれて、冬次が口をつぐんだ。それで話題はすぐにほかのことに移っていった。けれども雪史はずっと、心臓がドキドキしたままだった。
「加佐井?」
 名を呼ばれて、顔を上げる。的野がこっちをいぶかしげに覗きこんでいた。
「どした? 気分わるくなった?」
「い、いや。そんなことない」
 否定するように首を振ると、的野の口元がやわらぐ。脇にあったメニュー表を手にとって、雪史の前に広げてきた。
「顔、赤いよ。アイスでも食って冷やせば」
「えっ?」
「ここ、アイスも色んなのあるから」
 アイスに反応して、周りの女の子たちが私も私も、とメニューに群がってきた。それで食事はデザートに移ってしまって、アイスを食べ終われば場はお開きとなった。
 もしかして、と考えてしまう。もしかして、的野は雪史を気遣って、はやく引きあげる段取りをつけるために、デザートを勧めてくれたんじゃないのかと。
 店を出たところで、皆とたむろっている中でそんなことを想像してしまった。
「そんじゃあ、また。ヒマみつけて集まろうな」
 手を挙げ、それぞれが自分の家へと足を向ける。雪史も、商店街を抜けたところにある園子の家へ帰ろうとした。見たところ同じ方向に帰る人はいなさそうだった。
 別れの挨拶をして一歩踏み出したところに、背後の会話が聞こえてくる。
「あ、そうだ。俺、ちょっとこっちに用事があったんだった」
 的野の声だった。
「ええ? こんな時間にどこいくん?」
 亜佐実が訊いている。
「事務所に、忘れ物あったんだった」
 なに抜けたことしてるん、という呆れたぼやきが通りに響く。自分の横に、誰かが来る気配があって顔を向ければ、的野がすました顔でひょこっと現れた。
「的野」
「おなじ方向。だから、一緒にいこ」
 目を瞠れば、ニッとえくぼを見せて笑ってくる。暗がりの中でも、よく目立つ明るい笑顔だった。
「……」
 その陽気さにあてられて、思わず目を逸らしてしまう。さっきの亜佐実との仲のよさが脳裏をよぎり、胸に複雑なものが込み上げてきた。
「楽しかった?」
 雪史の心情も知らずに、的野が感想を求めるように尋ねてくる。誘ったのは的野からだったので、ちゃんと楽しめたのかどうか心配だったようだ。それに気付けば、今の自分の態度はよくないと思えた。
「うん。楽しかった」
 相手の目を見て、笑顔を作って答える。的野も安心したように白い息を大きくついた。
「あのメンツで、よく集まるんよ。今度また機会があったら、加佐井も誘うからさ」
「うん」
「夏は海行ったりとか、バーベキューとかもしたりするから」
「へええ」
 きっと盛り上がるんだろうな、と店でのやり取りを思い出しながら頷いた。子供のころからずっと一緒で、大人になっても遊べる間柄でいられるのは、なかなか難しいことなのに。的野のまわりにはそんな友人が沢山いるんだ。冬次のことは気になったけれど、遠慮のない友人だからささいな行き違いでもあっただけなんだろう。男同士、口の悪い友達だっている。
 自分も、そんな仲のよいひとりに加えてもらえるのかな、と期待すれば嬉しさが込みあげる。これからもここで、的野の友人として一緒に遊んでいけるんだろうか。
 たとえ、的野に恋人がいたとしても。
 奇妙な胸の疼きにこらえきれなくなって、「えへへ」と意味なく笑ってみせれば、的野が目を見ひらいた。
「なに? 皆で遊べるのがそんなに嬉しいの?」
「え」
「めっちゃ嬉しそうやんか」
「そ、そかな」
 頬が赤いのは、火照った頭のせいか、それとも身を切るような寒風のせいなのか。
「……ここに、帰ってこれてよかって、って思ってるから」
 言葉が自然にこぼれ出た。発熱したような、体内の高い熱を放つように。
 的野は雪史の家庭事情を少しは知っているだろうから、それに思い至ったのかもしれない。「そか」と短く返事をしたあと、視線を道路に落として、同じように「へへ」と笑った。
 雪史の家まで来ると、門の手前で、的野はポケットに手を突っ込んで寒そうに肩を竦めた。
「それじゃ。また、明日な」
「うん」
 リフォームはまだ終わっていない。明日も仕事でここに来るようだった。
 的野は来た道を引き返していった。事務所に寄るんじゃないのかな、と思ったけれど雪史は事務所の場所は知らない。男の友人を家に帰すのに、女の子みたいに送ったりはしないだろうから、きっと事務所はこの近くにでもあるんだろうと、考えながら後姿を見送った。



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