笑顔の成分 13(R18)
「……けど、的野の方が細いよ」
負けたくないような気がして、つい競うようなことを言ってしまう。的野は、ふっと笑うようにしてささやいた。
「俺のは尖ってるけど、ユキのは先っちょがまるっこくて……かわいい」
そうなのかな、と淡い明かりのもと、並んだ性器を見おろす。見比べるのも、そうされるのもひどく恥ずかしかったけれど、どうしても興味の方が勝ってしまう。
「……バスタオルの下」
「え?」
「こんなんに、なってたんだ」
何のことかと考えて、あの日、風呂場で見られてしまったことだと思い出した。
「……あのとき、気付いてたんだ」
「当たり前だろ。だから、壊れたんだって、言ったやろ」
「……」
「好きになった奴の、あんなん、見せられたら、おかしなるに決まっとる」
素直な告白に、雪史の胸がとくりと反応する。
「……あれから、毎日、ずっと、どんなんだろうって想像してた」
俯いて前髪で顔をかくしたまま、的野が呟いた。
雪史だって、今まで、なんども想像した。見たことのないものを、想像力でおぎなって、悪いと思いつつ、とめることもできず、幾夜も思い描いた。
再会してから今日まで何回も会って出かけて話をしたけれど、そうしながら、それぞれに、表には出さない部分で、言葉にできない想いを必死に伝え合おうとしていたような気がする。
少しでもつながるようにと、訴えるようにして、的野も自分も、初めての恋にあがいていたんだろう。
あふれてくるいとおしさが胸をふさぐ。雪史は身体を起こして、的野の唇に自分からふれた。
自分もすごく好きだった。ふれたくて仕方がなかったということを、全身で伝えたかった。
「……ユキ」
的野が、重なっていた下肢をすり合わせてくる。敏感なうすい皮膚が縒れてこすれて、さらにきつく張り詰めていった。
「……っ、ぁ……」
すがりついた指先が震える。身体をつきぬける鋭敏な感触に、とめどなく喘ぎと吐息がもれた。
的野が雪史の首元に顔をうめて、耳やその後ろに唇をあててくる。
ふたりの腹の間に手をさし入れて、先端をまとめて握りこんできた。親指で交互に尖頭のやわらかな切れ目を嬲って刺激する。
濡れはじめたのはどちらが先だったのか、やがて滑らかに指が動きまわるようになった。抱きついていた雪史の腕を的野がふりきって、上体を起こす。短く息をつぎながら、右手でふたりの雄の部分を絞るようにして扱きだした。
目の前で、好きだった相手が息を乱しながら、一心に快楽を追っている。的野の、細くて、けれどちゃんと筋肉もついている躯体は、橙色の薄闇の中でとてもきれいだった。
やがて的野は、昂った自分自身をそこから剥がし、雪史の下肢だけをいたぶり始めた。性器の全体をこすりあげて、その下のやわらかな部分をもう一方の手で揉みこみだす。
「あ……あ、あっ。あ、それ、……だ、め、あ、ふ……っ」
両足は的野の腰にはばまれて閉じることができない。膝がいつの間にか立ってしまって、尻が浮いていた。腕を口にあてて、高い声が出そうになるのを押さえると、的野が上体をたおして、その腕をかるく噛んでくる。退かせということらしい。瞳から余裕が消えている。怖いほどの眼差しに、雪史は腕をはなして、シーツの上においた。
頼りない皮膚をなでていた指がいつの間にか、さらに奥へと降りている。雪史の先走りで濡れた指は、ある場所を探すようにして、狭間を彷徨いだした。
「……ま、まと、の?」
問いかけても、返事がない。目を雪史から逸らし、指先に神経を集中するように上の空な表情をする。
「的野」
怖くなって、もう一度呼びかける。それでも、今までの気づかうような様子は消えうせて、強引な、何かに追われるようなふるまいをしだした。身体をのび上がらせ、ベッド脇のサイドボードの上にいつから準備されていたのか、小さなボトルと紙箱を手にとる。それは、先程コンビニによったときに的野が買い求めていたものだった。歯と右手を使ってベビーオイルと書かれたプラスチックの瓶をあける。
有無を言わせぬ雰囲気で、的野はそれを右手に垂らした。やっと視線を上げると、許しを請うような、けれど後にも退けぬといった真剣な表情をする。奥に指をはわせてくると、あ、と感じた瞬間に、それを体内に潜らせてきた。
はやる乱暴な指先の動きに、雪史は、身体をビクリと跳ねさせた。同時に「いっ」と、痛みをこらえるようにうめいてしまう。
それを聞いて、的野が手をゆるめた。すぐに身体の内から指先が去っていく。
「まずかった?」
雪史は首を横に振った。けれど、涙目で、おびえるような表情にはなってしまっていたかもしれない。初めてのことだったから、やっぱり怖かったのだ。
「ごめん……。あせりすぎやな、俺」
的野が片手で、雪史の頭を抱くようにしてくる。
「ううん、大丈夫。だから。好きにしていいよ」
ユキ……、と吐息のような声音で呼ばれた。
「我慢するなよ。イヤならそう言えよ」
的野だって初めてのことで加減がわからないのだろう。何もかもが手探りで、けれど雪史は決して嫌ではなかった。
肩に手をまわして、つよく抱きつく。
「もっと、して。もっとしていいから」
的野が感じるところを見ていたい。自分とセックスして、いつもと違う表情になって、官能的なとろけるような顔をしてほしい。
大丈夫だからと、先をうながすように、相手の頬や、あごに口づけた。
的野がそれを受けとるために、あごをそらせて喉をあらわにしてくる。雪史は喉仏を舐めるようにたどって、鎖骨までくると、薄い皮膚を唇でつまんだ。こちらからの積極的な行為に、頭上で的野が満足そうにため息をつく。
「……ユキ」
再び指が身体の内にすべり込んできた。今度は驚かなかったし、身をゆだねることも無理なくできた。小刻みな喘ぎだけが間断なくもれて、感じていることを伝えれば、紅潮し始めた頬に、的野は何度もこらえるようなキスをしてきた。
やがて的野が、雪史の身体から指を抜いて、足を崩したあぐらに体勢を変えた。ボトルの横にあった紙の小さな箱をあごで示す。
「ユキ、それ。その箱、あけて。俺、両手がふさがってる」
ぼんやりとしていた雪史は、身を起こすと、手渡されたコンドームの小箱をよくわからないままに開封した。個包装をひとつ取り出して、破いてみる。使い方は学校の保健の授業で教わっていた。
「な、それ。俺のにつけて。俺、手がすべって上手くつけれん」
「う、うん……」
頼まれて、素直に言いつけ通りにする。初めての実践が的野になるとは、雪史自身、想像もしていないことだった。ふたり向き合って座り、敏感な部分をそっと包みこんでいけば、的野は手先をじっと見おろしてくる。真剣な雪史をみて、「すげえいけないことさせてる気分」と言って口元を持ち上げた。
根元まできちんと装着させて、習ったとおりにできたことにほっとしていたら、もう限界、とばかりに的野が雪史を押したおしてきた。
「挿れていい?」
確認の言葉だったけれど、それは実質、宣言だった。
答えを待たず、的野は雪史の足を開いてくる。覆いかぶさって、唇に舌をさし入れるのと同時に下半身にも侵入をし始めた。
濡れてやわくなっていたそこは、難なく先端を呑み込んでいった。
雪史はまたたきを繰り返しながら、濃い橙色の天井をただ見上げていた。唇をはなした相手は、ふかく呼吸しながら、苦しげな呻きを時折たてる。雪史の首筋に顔をうめて、熱い息を吹きかけ、何度も小さく名を呼んだ。
つながった場所は痺れたように熱をはらみ、未知の痛みと疼きは雪史の不安な気持ちを惑乱したけれど「ユキ、ユキ」と繰り返す、助けを求めるような、すがりつくようなその響きに、雪史の心と身体は、的野のために次第に変化していった。
「……ん、ぅ……んっ」
相手の背中に手をまわして、なでさすっているうちに、自分の痛苦もゆるんでくる。的野が下半身を揺らし始めるころには、雪史も少しはそれについていくことができるようになっていた。
「……あ、あ、……ぃ、いっ……」
「いいの?」
「ん、ん、うん、……あ、いい」
いい、と言葉にすれば、もっとよくなるような気がして、誘われるまま口にする。
的野の指が、雪史の硬くなった性器にふれてきた。とたんに腰が跳ねるような鋭い快感に襲われる。
そうすると、敏感なところを容赦なくこすりあげられた。
「あ、ああっ、ア、ああっ……、んん――」
みっともないくらい高い声が出る。とめようにもとめられない。逃れようとシーツを蹴って、身をよじって、涙目になって首を振ると、その姿を見ていた的野が煽られたように腰に力を入れてきた。
「あっ。うっ、……ん、んんっ……」
自分の声を最小限に抑えて、的野の息づかいに耳をそばだてる。
「……ユキ」
感極まったような甘い喘ぎに、心も融けていきそうだった。
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