呪いの人形をこわしたら義兄が赤ちゃんになってしまいました。頑張って子育てします。 09(R18)


「おい、これは何だ」
 ちょうど廊下を洗濯物を抱えて歩いていた結太に、トイレの扉をあけた宗輔が問いかける。
「あ、それはおまるです。三歳になったチビ宗輔さんが、トイレトレーニングを始めたので」
「……おまる」
 トイレの中には、クマ柄の可愛らしい子供用おまるが設置されていた。
「ということは、アレは取れたのか」
 アレ、とは紙オムツのことである。宗輔はそれを口にするのは恥辱だと思っているのか、いつも名称ではなくアレと呼ぶ。
「まだトレーニングパンツですけど。頑張ってますよ。えらいです」
「じゃあ、今夜からアレはもういらないな」
「そうですね。う~ん……まだちょっと不安かなあ。おねしょされたらベッドのシーツが」
「俺はそんなことしないぞ」
「大人の宗輔さんがしたら問題ですけど、子供の宗輔さんはするかもですし」
 宗輔が不機嫌な顔になった。
「毎朝毎朝、アレをつけられて目覚める屈辱がお前にわかるか」
「おねしょパンツは、みんな着けていますから」
 幼稚園で日々子供らに接している結太にしてみれば、オムツの話題はごく自然なものだった。そしてチビ宗輔の成長を中心に考えていたから、大人の彼の気持ちをわかれていなかった。宗輔は知らぬ間に、想像以上にストレスをためこんでいたらしい。底冷えした声で言われた。
「みんな着けている?」
「ええ」
 二歳半前後の子供なら。
「言ったな。みんなか」
「はい」
 宗輔は、バタンとトイレのドアをしめた。
「だったら、お前も着けてみろ」
「へ?」
 結太の腕を掴んで、すたすたとリビングまで戻っていく。
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってください」
 リビングの端に、籐製のカゴがおいてあり、中に紙オムツとおしりふきが常備されている。そこまで結太を引っ張っていくと、手を離した。
「お前も俺の前で、ソレをつけてみろ。そして今日一日はいてすごせ。そうしたら少しぐらい俺の絶望が理解できるだろ」
「ええ、そんな」
「さあ、脱げ」
「嫌ですよ」
 結太は拒否したが、これは紙オムツが恥ずかしいからではなかった。一枚無駄にするのがもったいなかったからである。紙オムツだってタダではない。結太は薄給である。
「お前は自分が嫌なものを人に強要するのか。自分がされて嫌なことは人にしてはいけませんと幼稚園で教えるだろ」
「けど、宗輔さんには必要なものなんですよ。もらしたら洗濯物も増えます」
「俺はもらさん」
「絶対にそうとは言えないです」
 むむ、と相手の顔に怒りが浮かぶ。宗輔も三歳の自分はコントロールできない。けれど、それが余計に腹立たしかったようだ。
「全部、お前のせいだろうがっ」
 問答無用、と押し倒される。居間のラグの上に結太は転がった。
「さあ、脱げ」
「ええっ……嫌っ」
「何だと」
 結太の抵抗に、宗輔の背後にブリザードが吹く。冷たい怒りに包まれて、宗輔の顔つきがものすごく意地悪いものに変わった。
「なら、俺がはかせてやる」
「へっ」
「お前が毎日、俺の局部を好きに触りまくっているのなら、俺にもいっぺんぐらい触らせろ。それで今までのことは許してやる」
「な、何でですか」
「というか、俺の世話をするのがお前だから許せんのだ」
「どうしてですか、あんなに一所懸命してるのに」
「お前の前で恥ずかしいことはしたくないからだっ」
「へえっ?」
 無理矢理に、スウェットパンツとその下のボクサーパンツを脱がされる。スポーンと取り去られて、下肢が丸だしになった。
「あ、ひゃあ」
 結太の、成人男性にしてはいささか貧弱なモノが、ぴょんと飛びでてくる。それに宗輔が目を瞠った。
「……」
 急に無言になって、股間を見つめてくる。
 脱がせたのは自分なのに、一瞬戸惑ったような表情になった。
「見ないでくださいよぉ」
 息子に自信がなかった結太は、身体を丸めて視線から逃げた。困り顔になった結太に、宗輔は何かいけないことをしてしまった子供のような決まりの悪い、けれど後にも引けない複雑な顔をする。しかしそれもほんのわずかで、すぐにまた意地の悪い表情になった。というか、結太の股間を見て、さらに奮起したような様子になった。
「さあ、これをつけろ」
 カゴから紙オムツをひとつ手に取る。パンツタイプのものだ。目が据わっていた。
「許してください。パンツタイプは値段が高いのに」
「許さん」
 ぐいと足首を掴まれ、紙オムツを足に通される。仕方なく結太はモゾモゾとそれをはいた。別にオムツをはくこと自体は、恥ずかしいとは思わなかった。介護の授業を受けたことだってある。大人だって事情があればオムツを着ける。けれど、宗輔の前ではくのは恥ずかしかった。それはきっと宗輔の視線が火がついたように熱くなっているからだろう。
「……はきました」
 子供用なのでぴちぴちだ。尻の丸さが目立っている。じっと見られて、そのせいでまた恥ずかしくなった。
「なら、その中で、しろ」
「へい?」
 変な声がでた。
「しろっつってんだ。それで俺に恥ずかしい顔見せてみろ」
「何でですか」
「俺も毎日、お前にやられてるからだよ!」
「そんな。俺が毎日してるのは育児ですけど、これは育児プレイじゃないですか」
「俺にしてみればどっちも同じだ」
「俺にしてみれば全然違います」
 結太の反論に、宗輔にいじめっ子が焦れているような表情が浮かぶ。それに、結太は眉根をキュッとよせて睨み返した。こっちはいじめに耐えるいじめられっ子ような顔つきになる。ちょっと涙目になっていたかもしれない。
 宗輔は結太の眼差しに若干怯んだようになった。瞳にあった怒りの炎が少し小さくなる。けれど、意地っ張りな性格が災いしてか、それとも何か違う感情が刺激されでもしたのか、先程とは異なる腹立ちの色が目に宿った。
「とにかく脱ぐのは許さんぞ。そこにするまで、ずっとはいてろ」
「脱いだらどうするんですか」
 結太も結構、負けず嫌いなところがある。
「脱がないように、見張ってる」
 そう言って、結太の両手を大きな片手でまとめて握りこんでしまった。
「弁護士とは思えない悪行です」
「うるさい。嫌ならさっさとだせ」
「すぐにはでませんよう」
 宗輔はラグに横になった結太に、馬のりのような状態でのしかかっていた。顔も近い。相手の興奮した息づかいが荒々しく、結太はドキリとしてしまった。そういえば、こんなに身体を密着させるようなことは宗輔とはしたことがなかった。というか、他人としたことがない。それを意識すると、急に顔に血がのぼってきた。
「……あれ」
 気づけば、貧弱な息子がバンザイしていた。



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