呪いの人形をこわしたら義兄が赤ちゃんになってしまいました。頑張って子育てします。 13


「へ?」
「仲良くなりたいと、前に言ってたよな。確か。けれど、どうして俺と仲良くなりたがる?」
「どうしてって……」
「昔から、俺はお前に冷たくあたっていたのに、お前のほうは、いっつも俺に何かと声をかけてきていたな。誕生日にはプレゼントくれたりして。俺は何でこんなに懐いてくるのか理解できなくて、だから余計に無視して気にしないようにしてたんだが。お前は、どうして俺に構ってきたんだよ。家族だからか。義理でも兄だから、親しくしなきゃいけないと感じてたからなのか」
「そ、それは」
 結太の心の中にある、宗輔に対する気持ち。
「親切心か、それとも同情か? 俺が可哀想だった?」
「え、いえ、全然そんな訳じゃ」
 この気持ちが何なのかと改めて問われると、結太自身にも曖昧だった。憧れと尊敬はあるけれど、それ以外にも特別な感情があるのだろうか。深く考えればある気もするが、まだ人生経験の浅い結太にはその正体がうまく掴めなかった。
 ――どうしてなんだろう。
 結太は首を傾げた。
「よくわかんないです」
 不明瞭な答えに、宗輔は少しがっかりした表情を浮かべた。
「そうか」
「宗輔さんこそ、やっぱり俺に世話されるのは嫌なんですか。俺のことウザいって思ってますでしょ?」
「はっきりきく奴だな。まあ、お前は昔から世話焼きで、こっちへの距離は一気につめてくるところがあったけど」
 宗輔は小さくため息をついた。
「……俺もよくわかんねえよ。自分のことなのに」
 そして、チラと結太を見てきた。
「お前は義務と責任感で、チビの面倒見てるんだろうにな」
 結太が手に持っていたハート型の苺に目を移す。苺はみずみずしくてきれいな紅色をしていた。
「ハートって、心臓の形なんだよな、確か」
 難しい法律問題に直面したような顔になって苺を見つめる。すると、解けない苛立ちをぶつけるかのように、いきなり結太の手首を掴み、苺をぱくりと結太の指ごと食べてしまった。
「そ、宗輔さ」
 相手の唇と、白い歯の感触が指先にきてビクリと肩がはねる。宗輔は指をはずし、憮然とした表情で呟いた。
「チビがお前の愛情こもったデザート食って、あいつばかりが満たされてるのが何かムカつく」
 呆気に取られた結太に、宗輔はいつになく子供っぽい拗ねたような表情を見せてから、台所をでていった。そして自分の部屋によった後、「夕方には戻る」と告げて、また事務所に戻っていってしまった。
 残された結太はシンクにもたれたまま、その場に立ち尽くした。
「……」
 さっきの衝動は何だったのだろう。宗輔がハート型の苺を指ごと食べたときに心臓が跳ねた、あの感覚は。
 結太は自分の心臓に手をあてた。まだドキドキがとまっていなかった。
 ハートは心臓の形。くり抜いた赤い果実には愛情がこめられている。
 それを宗輔が食べてしまった。チビ宗輔のために作った飾りを。まるで嫉妬するかのような台詞をもらして。
 急に、火がついたように頬が熱くなる。
 そうして、天から答えがふってきたかのように、唐突に理解した。
 どうして自分はこんなに、宗輔の世話をしたくなるのか。ご飯を食べさせて、「いってらっしゃい」と送りだすと、すごく満たされた気分になるのか。子供時代の宗輔を、誰よりも大切に育てたいと感じるのか。それは――。
「好きだからだ」
 自然とこぼれでた声が、身の内の感情を形にした。
「そっか……そうだったんだ」
 初めて会ったときから。
 憧憬にくるまれて、結太の恋心は発生していたのだ。
「俺、宗輔さんのこと……好きだったんだ」
 何で今まで気づけなかったのだろう。自分が鈍感だったからか。それとも宗輔がとおい存在だったからか。男同士で兄弟だったから、そんなことはありえないと先入観で蓋をしていたのだろうか。
 けれど、一度自覚してしまったら、それは手に取るように明らかになった。
「好きだったんだ。ずっと」
 まな板に彩りよく並べられた果物を見ながら考える。
 毎日用意する夕食も、デザートも、チビ宗輔だけじゃなくて、本当は大人の彼にも食べてもらいたかったのだ。
「何で好きになったんだろ」
 あんなに不遜で、結太には冷たい義兄なのに。けれど結太の心の深い部分は理解していた。どうして彼のことが好きなのか。
 ――それはあの人の中に、愛情を求める孤独な少年がいるから。その少年の、とても繊細で優しいところに惹かれたから。
 そしてふと、気がついた。
「……もうすぐ、チビ宗輔さん、十三歳になる」
 十三歳。それは宗輔の実夫が亡くなり、同じ日に母親が結太の父と結婚した歳だ。
 その三か月後に、結太と宗輔は初めて顔をあわせることになる。結太のことを、ものすごく嫌っていた少年時代の宗輔がやってくる。
「……どうしよう」
 彼にどんな顔をして会えばいいのだろうか。
 思春期の彼のことを考えると、結太の気持ちは一気に不安なものへと変わっていった。


◇◇◇


 ここのところ、少年宗輔は、以前にも増して暗く沈んでいた。
 そんな宗輔が父の死を抱えてやってくる。
「どうやって、迎えればいいのかな」
 夕暮れの幼稚園。結太は延長保育だった子供を送りだし、教室で玩具の片づけをしながら考えた。
 呪いがかかってから一か月半。計算上、今日やってくる宗輔が実父の死の直後の、十三歳の彼なのだ。
 そうしていたら、同僚の女性教諭が結太を呼びにやってきた。
「吉原先生、お兄さんいらっしゃいましたよ」
「あ、はい」
 時計を見れば、もうすぐ日没だった。
 結太は立ちあがり、いつも宗輔が通されている応接室へと向かった。園舎の奥にある小部屋までいき、ドアをあけようとノブに手をかける。すると、ドアが内側から勢いよくひらかれた。
「あっ」
 中から十三歳の宗輔が飛びだしてくる。ひどく慌てた様子で、廊下に視線をキョロキョロと走らせた。
「宗輔くん」
「えっ?」
 声をかけると、驚いた顔でこちらを見あげてくる。その目は泣き腫らしたのか、真っ赤になっていた。
「ここはどこですか? あなたは誰?」
 涙まじりの声で問いかけられる。幼さの残る顔に、不安が一杯に広がっていた。
「僕、早く病院に戻らないと。父が、父の遺体がまだ霊安室に」
「うん。そうなんだ。大丈夫、落ち着いて」
 オロオロする宗輔の腕を掴んで、優しくなだめる。
「宗輔くん、えっと、初めまして。俺は宗輔くんの遠い親戚なんだ。今日はきみを助けにきたんだよ。さあ、中に入って、まず着がえようか」
 結太はスーツ姿の少年宗輔を応接室に導いて、子供服をマザーズバッグから取りだした。何でこんな服を着ているのかと不思議がる彼に「眠っている間に飲み物をこぼしたから着がえさせた」と説明する。これはいつも使う言い訳だった。
 宗輔は素直に信じて服を取りかえた。そしてまた部屋をでていこうとした。



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