呪いの人形をこわしたら義兄が赤ちゃんになってしまいました。頑張って子育てします。 17


「え?」
「結太」
 短く呼ばれて、「はい?」と返事をする。
「お前、昨日、寝る前に何て言った」
「え?」
 宗輔は結太の腕を離すまいとしているように見えた。奇妙なことだった。
「言っただろ、……俺のこと、何とかって。あれ、もういっぺん言ってみろよ」
「はい?」
 何か言っただろうか。憶えていない。
「何て言いましたっけ?」
「憶えてねえのかよ」
「はあ」
 すいません、と謝る。宗輔は結太の答えに、焦れたように命令してきた。
「思い出せよ」
「え?」
「お前の口から、もう一回ちゃんと聞きたい」
 しかし急に言われても、寝起きの頭はすぐには動かない。
「……俺、何か、怒らせるようなこと、言いました……?」
 寝ぼけて愚痴でもこぼしてしまったか。
 恐る恐る問い返した結太に、宗輔は顔を起こしてきた。
「ホントに憶えてねえのか」
 呆れた顔で見返してくる。
「結太」
「は、はい」
 宗輔は改まった声で、少し憮然としながら言った。
「俺のこと、大好きだって言っただろ。ずっと好きで、この前やっとそれに気づいたって」
「え? ええ? え、は? どうして知ってるんですか」
 結太の顔は真っ赤になった。そう言われてみれば、確かに言ったような。けどあれは。
「夢の中じゃなかったんだ」
「お前ボケすぎだ」
 恐い顔になった宗輔が、ずいっと身をよせてくる。
「もう一回、ちゃんと言えよ。そして、どういう好きなのか、はっきり説明しろ。ただの兄弟愛なのか、友達みたいに仲良くなりたいだけなのか、それとも、もっと別のものなのか」
 結太はいささか呆気に取られて、義理の兄を眺めた。
 そんなに怒らせるような告白だったのだろうか。それほど自分のことが嫌いだったのか。
「いや、あの……」
 まさか再確認されるとは思っていなかったので焦ってしまう。しかし嘘や誤魔化しなど今更してもしょうがないと考えて、正直に打ち明けることにした。どうせ玉砕だ。
「あの、別のものです。宗輔さんのこと、ひとりの男の人として、その、恋愛感情的な意味で、好きでした」
「なぜ過去形」
「いや、フラれますんで」
 これからきっと、拒否されていつものように罵倒される。結太の恋は終わった。そう予想したから過去形だったのだが、宗輔は黙ったままでじっと動かなかった。息さえとめていたようで、一分ほど石のように微動だにしなかった。
 そして、急に俯くと「くそっ」と毒づいた。
「十三のときから気持ちが戻ってこれねえ」
 ガバリと身を起こして、結太の上にのしかかる。両手を結太の顔の横において、恐い顔をしてきた。
「俺は最初に会ったときから、お前のことがウザかった。可愛い顔して無邪気にじゃれついてきて。両親にも愛されて、真っ直ぐで親切で、優しくてガキっぽくて鈍感で、無神経で、近所の主婦みたいに世話焼きで」
「す、すみません」
「だから気づけなかったんだ。俺は」
 悔しそうな顔になる。
「昨日の夜の、ガキだった俺が教えてくれた。正直な気持ちを。それに気づくのが怖かったから、お前と離れようとしてたんだよ」
「……宗輔さん」
「何でお前を見ると、イライラして落ち着かなくなるのか。無視しないと平常心が保てなくなるのか。近づかれると困るのか。その理由が、やっとはっきりした」
 宗輔が顔を近づけてくる。
「初めて会ったときから、クソみたいに惹かれてたんだ」
 そして、目を瞠ったままの結太の唇に、乱暴に自分のそれを押しつけてきた。
「……ん」
 いきなりのことで硬直してしまった結太に、宗輔はただ、口と口をひっつけるだけの不器用なキスをする。そして、唐突に離れると、ぎゅっと抱きしめてきた。
「鈍感で無神経なのは俺のほうだった」
 大きな身体で体重をかけられて、苦しいほど拘束されて、けれど結太は今までにない不思議な幸福を感じていた。
「それは、宗輔さんも、俺のこと、恋愛的な意味で、好きってこと?」
「ああ」
「信じられない」
「俺もだな」
 きつく抱きあったままでいたら、宗輔の体温や、鼓動や、首筋に埋められた唇からもれる熱い呼気や、男っぽい匂いや、そんなものが一気に伝わってきて、身体がむずむずしてきた。
 それは、童貞の結太には初体験の、直接他人と触れあうことで生じる昂りだった。
「あ、あの」
 未熟な自分に恥ずかしくなって、抱擁してくる相手にたずねる。
「そ、宗輔さんは、その、恋人とかいなかったんですか」
 俺はいなかったんですけど、とつけ足す。宗輔は顔をずらして、結太と至近距離で見つめあうようにしてきた。
「いない。誰ともつきあったことはない」
「本当ですか? モテそうなのに」
 結太の勤める幼稚園でも、毎日やってくる宗輔は同僚らの憧れの的だった。背が高くて男前、そして優秀な弁護士なら、これまでも引く手あまただったろうに。
「現役で司法試験合格を目標にしてたから毎日勉強漬けだったし、受かった後も忙しかったし」
「そうなんですか」
「学生時代は『成善は偏屈だ』って噂されてたから好きになるような相手もいなかった」
「そ、そうなのですか」
「それに俺は、最初につきあう相手と結婚するって決めてたからな」
「ええっ」
 今時そんな古風な。
「それが、男の責任ってもんだろうが」
 何と潔くて真面目なのか。さすが正義の職業弁護士。いや弁護士全員がそんな訳はないだろうが、彼だけ特別に貞操観念が高いのだ。
「でも、だったら、俺じゃまずいでしょ」
「どうして?」
「結婚できません」
 男同士ですから。
「法律は生き物だ。だからこの先どうなるかはわからん。それに、お前とはもう一回ヤってる」
「へ? してましたっけ?」
 いつのことかと目を見ひらく。
「しただろ。お前にアレをはかせたとき」
 アレとは。紙オムツのときか。
「ああ、あのとき」
 思いだして、また顔が赤くなった。
「あの後、俺はどうやって責任取るべきか悩んだ」
「……宗輔さん」
「自分を制することができずに手をだしてしまったからな」
 そしてまた、唇にちゅっと触れてくる。刺激されて、結太の下肢が甘く疼いた。もじもじと足をすりあわせると、結太の息子がオハヨーと伸びあがってくる。
「やば」
 朝の生理現象が加わってか、いつもより元気に飛び跳ねた。宗輔とは密着している。
 変化もすぐにバレてしまうだろう。



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