呪いの人形をこわしたら義兄が赤ちゃんになってしまいました。頑張って子育てします。 19(R18)


◇◇◇


「何だかよくわからないけど、とりあえず願いは叶ったんだから、白魔術は効いたのですね」
 結太が居間の隅のチェストの上に木像を飾りながら言う。
「そうだな。これのおかげで、俺は自分の気持ちに気づけたんだから」
 宗輔が、後ろから結太を抱きしめながら答えた。
「ということは、やはり魂の浄化は宗輔さんに必要なものだったのでしょうか」
「まあ、鬱屈した子供時代から引きずってきた負の感情は浄化された気がする」
 宗輔が結太の髪にかるく唇を押しつけた。
「お前のおかげだよ。うざったいぐらいに構ってくれなかったら、こうはならなかった」
 言いながら、けれど口調は嬉しそうだった。
 休日の昼間、結太と宗輔は自由な時間をまったりと楽しんでいた。
 ふたりの気持ちが通じあってから一か月がたっていた。その間、宗輔は相変わらず夜は昔の自分、昼は現在の姿となって暮らしている。しかし最終日は近く、夜の宗輔も現在はほぼ大人だった。
 恋人同士になってからの宗輔は、以前とは人が変わったかのように優しくなった。今まで愛情を素直に享受したり、誰かに与えたりしたことがなかったせいか、結太という対象をえて、まるで堰を切ったようにそれがあふれだした。
 時間があれば結太のそばにきて用もないのに構い倒すし、物事の中心はすべて結太のために考えて行動するようになった。突然の変わりように結太は驚いたのだが、十九歳から長くひとり暮らしをしていた宗輔は、自身も気づいていなかったのだろうがやはり寂しかったらしい。好きな相手と一緒に暮らせる安心感を覚えると、一気にそれにのめりこんでいったのだった。
「夢みたいです。宗輔さんとこんな風にすごせるようになるなんて」
「俺もだよ。百日の呪いが解けたら、もう一緒に暮らすか」
「本当ですか」
 現在、平日の宗輔は仕事を早めに終えると、実家のほうに戻っている。ほぼ大人の過去宗輔はこの家に連れてきても混乱するだけだからだ。だから仕方なく、宗輔は自分の家に帰る生活へと切りかえた。そして、そこで過去の自分に現状を記した手紙をおいておく。
 夜になると、仕事を終えた結太は成善家を訪問して、過去宗輔にさらに詳しく説明を加えることにしていた。大抵の場合、結太は顔を見せただけで『何しにきた。帰れ』と門前払いを受けるのだが、それでも毎晩、宗輔に会いにいっていた。
 毎度徒労に終わる訪問も、決して苦痛ではない。以前は見ることのできなかった宗輔の生活を間近で感じられるのは嬉しかったからだ。
「予定ではあと一週間で願かけは終了だ。そうしたら、夜も一緒にすごせるな」
「はい」
「毎晩いじめてやる」
 宗輔の手が、結太の胸や腹をなでてくる。
「……あ、っ、ん、くすぐったぃ、です」
 身をよじると、さらにぎゅっと抱きしめられた。
「休日の昼間しか触れないんじゃ、欲求不満だ」
 耳にかるく噛りつきながら、熱いため息をもらしてくる。
「早く目いっぱい好きにしたい」
「あ、ひゃ」
「お前のこと、全部、まだ知らないからな」
 そう言って、結太の足の間に手を滑らせた。服の上から大きな手で刺激されると、悪い遊びを覚えた息子はすぐにナニナニと興味津々に伸びあがってくる。
「……あ、ダメ、です。まだ……」
「そうか? もうそろそろ、だと俺は思ってるんだけどな」
「……ん」
 そろそろ、と言うのは、ふたりの身体をつなげたいということだ。宗輔は初めて知った好きな相手との愉しみにものめりこみ、結太の身体をすみからすみまで開発しようとしている。元々学ぶことには熱心な質だ。男同士の行為のやり方から悦ばせ方まで、余すところなく知識として仕入れてきては結太に試そうとする。おかげで休日の結太は日没までドロドロの状態だ。
「お前用特製ローションも作ったしな」
「まじですか」
「そのうち、ディルドも手作りしてやる。ネットで材料買って」
「そこまでしなくても」
「全部、自分でやりたいんだよ」
 研究熱心なのはいいが、優秀な人間というのは度を越えて好きなことに没頭するらしい。この前は、法律関係の難解な書物を眺めながら、ネットで購入したアナルビーズに紙やすりを一心にかけていた。それを見つけたときは、真面目なんだか変態なんだか宗輔のことがよくわからなくなったものだった。
 宗輔はひょいと結太を抱えあげると、「日没までまだ一時間ある」と言って寝室に連れこもうとした。今日はもう朝からさんざんしまくったのに、まだしたいというのか。
「宗輔さん、車で送れなくなります」
「そのときはタクシー呼ぶさ」
「薄給だって言ってたじゃないですか、もったいない」
「お前とすごす時間を減らすほうがもったいない」
 弁護士というくらいだから弁が立つ。
 結局、結太はタクシーがくるまで目いっぱい喘がされたのだった。


◇◇◇


 そして残りの日々はあっという間にすぎ、ついに満願成就の日がやってきた。
 本日午後九時、両親の一周忌の夜から数えてちょうど百日目に結願となる。結太はそれを祝うため、仕事から帰ってから台所で夕食の準備をしていた。
 午後九時をすぎたら多分、呪いの解けた宗輔がやってくる。一周忌にできなかった食事を、もういちどやり直そうと約束していたので、腕によりをかけて幾品も料理を作っていた。
「何か具合がよくないな。悪寒がする。大丈夫かな……」
 けれど風邪でもひいてしまったのか、今日は朝から体調がよくない。宗輔の大好きな海老グラタンの仕込みをしつつ、結太は寒気を感じて身体を震わせた。
「何だろう、この感じ。ぞわぞわする」
 そうしていたら固定電話が鳴った。誰からだろうと、結太はコンロの火を消して電話にでた。
『吉原一太郎先生のお宅ですか』
 と電話の向こうから話しかけてきたのは、何と木像を送ってくれた大泉という名の父の友人の大学教授だった。
 結太は突然の電話に驚き、まず父の死を伝えた。アフリカに住む大泉がそれを知ったのはつい最近で、お悔やみを伝えるために連絡をくれたらしい。
 父の死についての経過を一通り報告した後、結太は送ってもらった木像について話をした。
『あのニゲ族に伝わる呪術用道具『夜の笏』は、僕が調べた中でもとりわけ強力な白魔術用の道具だ。なるほど、では効果はあったのだね。素晴らしい』
「はい。今日で百日目です。一度壊してしまったにもかかわらず、願いが叶ってよかったです」
『何? ――壊した?』
 電話の声が急に変わる。
『壊したのかね? 結太くん。……まさか、夜の笏を?』
「え、ええ、落として破損しました」
 いきなり詰問口調になった大泉に、結太も訳がわからず戸惑いながら答えた。
『まずいぞ。それは、非常にまずい』
 大泉が電話の向こうで焦りだす。



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