夜明けを待つベリル 22(R18)


「……充家」
「触らないでくれ」
 少しの間だけ、と掠れた声で頼みこんでくる。遙士はそのまま動かずに充家が落ち着くのを待った。
 空調以外の音のない部屋で、充家の乱れた息が遙士の耳を打つ。
 そっと手を伸ばして肩口にふれると、充家は低いうなり声を上げた。相手の拳に視線を落とせば、けれど今は震えていない。以前のような、痙攣するような震えは起きていなかった。
 充家はきっと解放しはじめているんだ。自分の中の漆黒の獣を。
 それをねじ伏せ、黙らせようとしているわけじゃない。解放の仕方を探っているのだ。
「充家」
「……」
「あせんなよ。ゆっくりいこうぜ。俺は大丈夫だから」
 肩から肩甲骨へと、なだめるように手のひらを行き来させた。そうすると、ほんの少しずつだったけれど、力が抜けていった。
「ベッドいこう。お前が怖いんだったら、俺がしてやるよ」
 上体を起こせば、頭を預けていた充家もつられて身体を引き上げる。遙士は充家の手をひいて隣のベッドに乗りあげ、仰向けに横たわらせた。その上に馬乗りになり、手をついてのしかかるようにしながら顔を近づける。
 遙士の方から、ゆったりと舐めるように口づけた。充家は瞳を伏せて、なにも言わず大人しく従った。
「俺がするから。お前はなにもしなくていーよ」
 言い聞かせ、投げ出されていた手に手のひらを重ねる。さっきとはまったく違う、愛情だけの甘いキスをくりかえし施した。
 充家のTシャツに手をかけて、裾からまくりあげる。現れた腹に手を這わせて、わき腹から胸へと優しく撫であげた。
 無駄のない鋼のような筋肉に、羨ましさと少しの嫉妬を感じる。細身のくせに、こんなところはしっかりと堅い肉がついている。自分も細いが、もっと柔で薄っぺらい。胸の上までシャツを剥いて、張りつめた皮膚に唇をよせた。
 なだらかな腹筋の谷間にそって舌を滑らせる。誘われるようにして胸の先端を口に含んだ。
「……っ」
 充家が身を縮こまらせるようにする。
「……っすぐってぇ……」
 逃げを打つ身体に吸いついて、さらに刺激を与えた。されたことのないであろう行為に、充家の引き締まった腰が浮く。それに乗じて、遙士は相手のデニムパンツに手をかけた。
「采岐……」
「ん?」
「お前、オトコ経験あるの?」
「ないよ」
「……まじで?」
 臍のあたりに唇を引っつけたまま、顔をあげる。
「充家がはじめて」
「……」
「本気でしたいと思ったの、充家がはじめてだから」
 見おろす表情には、驚きと困惑があった。それでも、遙士にとってはこの流れはごく自然なことで、抵抗は感じない。それどころか、早く先に進みたくてたまらなかった。
 充家に視線を合わせたまま、遙士はデニムパンツを下着とともに引き下ろしていった。
 現れ出でたものはもう、張りつめ反り返っている。手を伸ばし握りこめば、それは熱く、しなやかだけれど硬い芯を持っていた。自分のものだってこんな間近で見たことなどない。遙士は形を確かめるようにして、丁寧に指先を這わせた。
 充家が小さく息をのむ。熱を溜めこんで漲る雄角は、充家が腹に力を入れればひくりと揺れた。体中でいちばん弱くて、強い場所。それを舌先で確かめる。
「……ん」
 喉奥で発せられたくぐもった声が、頭上から聞こえる。触れる相手が感じれば、それがこちらにも伝染して胸の奥から痺れがきた。
 まだ濡れていない充家のものに、自分の唾液を誘い水のように落とす。ぬめりが出ればそれにつられて充家の身体がわずかに汐を吹いた。ゆっくりと舐めあげて相手の全身に、快楽の電気を通してやる。先端を唇でふくんで、とどかない部分を指先で扱きあげると、充家が遙士の髪に手を潜らせてきた。
 音をたてて吸ったり擦ったりすれば刺激が強すぎるのか、充家は端整な顔を崩して、どうにも堪えられないという表情をする。それを上目で確かめて、さらに煽るように舌先で転がした。
「……采岐」
「ん」
 それ以上は声にならないらしい。困ったように短い息だけを継いだ。片膝をたてて、もどかしそうに捩って、終わりが近いのか髪をつよく掴んでくる。
「まずい……」
「うん。いいよ」
「だめだって」
「なんで? 達っていいよ」
 構わずに、口内奥ふかくまでグッと招き入れた。
「勘弁してくれよ……」
 逃げ場なしの状況に追いこんで、口と手で拘束しながら間断なく感じる場所を抉ってやる。相手は追いつめられて、やがて限界を迎えた。
「――っ、……くっ……」
 短く喘いで、遙士の頭を押さえこんでくる。その瞬間に、喉の奥まで灼熱を差しこんだ。
 溢れ出たものをそのまま飲みこむ。舌にさえ乗せなければ、味覚は刺激されない。嚥下すればそれは軽く喉を灼いただけだった。
 充家の腕から力が抜けて、シーツの上に投げだされる。遙士はまだ萎えていないものをゆっくりと口から引き抜くと、ベッドから降りた。
 キッチンへ行って口をすすいで、冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取りだすと、ベッドに戻って腰かけ、それをラッパ飲みした。充家が身体を起こしてくる。水を飲む遙士の横で、身体に引っかかっていた衣服をすべて剥ぎとっていった。
「飲む?」
 遙士がボトルを差しだすと素直に受けとって、残りを飲み干す。それを見ながら、遙士も着ていた服をぜんぶ脱ぎすてた。
 空のボトルを充家から手渡されてテーブルにのせる。冷えた唇同士で、もういちどキスをした。
 充家の瞳が、じっと遙士を見つめてくる。瞬きもせずに、睫の先だけを震わせて。傷ついた獣の影は消えつつあった。その代わり、以前はなかった焦がれるような焔が宿りはじめている。その強い眼差しに、背中から鳥肌が立った。
 唇を重ねながら、もう一度ベッドに倒れこむ。互いに身体をまさぐりあって、あらわになった肌で触れあい、足を絡ませた。充家が遙士の身体の上に乗りあげて、今度は遙士を組み敷いてくる。遙士のものに手をかけて、ゆるく扱きだした。
「……挿れたい?」
 熱心に愛撫する相手に問いかける。
「舐めたい」
「挿れたくないの?」
「……」
 瞳を伏せたまま、首を横に振った。そんな訳ないだろうが、やはり躊躇いがあるのかもしれない。どちらにしろ今日はその準備がない。遙士もその方面の手順に詳しいわけではなかったから、それ以上は勧めなかった。
 これから先、自分たちには時間はいくらでもあるだろう。お互いの心と身体の準備が整うまで待って、その時にでも試せばいい。
「充家……」
「んん?」
「もうだめ。達きそうだから、……なあ、お前のと重ねてよ」
  一緒に達こうぜと誘いかければ、充家はひらいた足の間に身体を割り込ませてきた。遙士のものに猛る自身を添わせ、慎重に大きな手で包み込む。
「ん……、んっ、ふっ」
 自分も手を伸ばして、指で両者の張り出した先端部分を刺激した。
「あ……、あ、ああっ。……ん、ん、……い、い……」
 頬に熱があがり、吐く息も甘くなる。充家はそれを観察するように見下ろしてきた。ただ見られているのが恥ずかしくなり、咎めるように目を上げれば、平然とした表情のなかに、快楽に抗うような様子もみせてくる。なにも我慢する必要などないのに、それでも抑制しようとしているのか、つよく唇を噛みしめた。
「充家……、俺、もう、だめだ……」
 訴えればさらに手の動きを巧妙にしてくる。
「あ……ああっ、あ、はっ、は、――あっ……」
 腰を浮かせて、相手の硬い熱源に自分のものを擦りつけた。裏側の感じるところを互いに狙ってぶつけるようにすれば、両者共に跳ねて手から逃げていく。それをふたりで捕らえて、さらに扱きあげた。
「もぅ……、充家っ――」
 相手の名を呼びながら、今までにない高揚で極限を迎える。痺れるような快感のなかで、遙士は限界まで凝っていた精を弾かせた。
「んっ、んっ、んん、うっ――……」
 知らぬ間に、充家の首に片手をまわしていた。上体を引き起こすように力を込めると、充家も低く長く呻いて果てる。混じり合った白液が飛んで、遙士の腹の上にひたひたと落ちた。
 遙士から顔を近づけ、きつく口づける。
 充家もそれに応えて乱暴に舌を差し入れてきた。
 欲望を交し合ったのが、男であることに違和感はまったく感じなかった。今までの経験が吹き飛んで、白紙に戻ったような感慨が走り抜ける。
 相手が充家でよかった。
 初めての同性の相手が好きになった男でよかったと、遙士は心からそう思った。
 そのまま時間を忘れて、何度も交互に身体を刺激しあった。朝方まで眠らず行為にふけって、けっきょく遙士は四度達かされて、相手から三度の吐精を引きだした。
 狭いベッドの上で正気に戻って四肢を投げ出したときには、カーテンの隙間から白んだ空が垣間見える時間だった。



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