夜明けを待つベリル 最終話(R18)


「充家……」
 首元に手をまわして、相手の目をのぞき込んだ。
「な……」
 欲しいものをくれ、というように眼差しで無心する。充家はそれをじっと見返してきた。
 焔をたたえた瞳と視線をからめながら、遙士は自分の左手を下半身におろしていった。臍をたどって、足の根元からさらに下へと手を差しいれる。片膝をゆるくたてて、それを外側にひらいた。
 自分のしていることが自分でも信じられない。けれど渇望は理性を凌駕して、思考を麻痺させていた。右手で肘をついて、上体を少し起こし、左手は双つの珠の下にまわしこんで、やわい嚢を持ち上げて見せる。そのまま細い筋を指先で誘うようにたどった。充家の眼差しが遙士の指の動きを追うように降りていく。いざなうこちらは心臓が爆ぜて、目眩がしそうだった。それでも欲望を投げ出すだけのようなセックスはもうしたくない。この行為にある意味は、もっと別のものだ。それを分かって欲しかった。
 緊張と恥ずかしさで頬が焼けるように熱い。耐えきれずに深くため息をもらせば、充家は遙士の羞恥をこらえた表情にかるく身体を奮わせた。そのまま上体を倒して、遙士の下肢へと顔を埋めてくる。どうするのかと身構えたら、指先にあたたかく濡れたものが押しつけられた。
「ん……」
 充家は遙士の指先をゆっくりと舐めて、指のあいだにも舌を這わせた。
「あ……っ、ん、ん」
 くすぐったいだけの感覚しかないのに、それが深い官能を呼び覚ます。充家は双つの柔珠にも包み込むように舌先を滑らせて、そうしてから勃ちあがった中心に、根元から唇をあてた。
「ん、……んっ、うっ――」
 下部から上端へと、舌と唇をうごめかす。裏筋に沿うように歯を立てられて、ぞくりと痺れがきた。先端の小さな割れ目にも歯の先を押しつけてくる。
「それ……、まじ、やめて」
 気持いいのと怖いのとが混ざり合って、腰がひける。
 遙士の頼りなげな声に充家は顔をあげて、「まずいかも」と呟いた。
「なに……?」
 ぼんやりと目元を蕩かせて、問いかけた。
「なんもかも我慢できなくなってきてる」
「ああ……」
 いいよ、と吐息だけで返事をする。
「我慢しなくて。いいんだよ……、そのまんまで。言っただろ……、俺だって、そうしたいんだって」
 初めての夜に、自分の中の獣も同じようにしたがっていると告げたことを思い出す。
「獣みたいに愛し合おうぜ」
 にっと笑って誘いかければ、充家はもうどうしようもないといったように手をついて、身体を持ち上げた。
 窓際においてあったジェルとコンドームを無造作につかむと、シーツの上に放り投げる。
 遙士の肩を押して横向きにすると、ジェルを手にとって中身を絞り出した。
「……あ」
 ひやりとした感触が尾てい骨の下に這入りこんでくる。遙士は少し足をひらいて、それを迎え入れるようにした。
「ん、んんっ」
 とはいえ初めての感覚に、すぐには身体がついてこない。覚悟は決めていたのに、いざとなると拒否反応を起こしてしまう。下半身から力を抜こうとして、けれど逆に腿が強張ってしまった。
「……痛い?」
「いや……大丈夫」
 シーツをつかんで違和感に耐える。
 濡れた指が体内に押しこまれてくると、息を吐きだして目をとじた。ゆっくりとかき回されて、繊細な感触に震えがくる。
「采岐」 
 肩を甘噛みしながら、抑えた低い声音でささやいてきた。
「んん?」
「お前のこと、すげえ好き」
 瞼をとじたまま、小さく笑ってかえす。
「俺もだよ」
 指先は玩ぶように薄い粘膜を撫でていた。
「名前で呼んでいい?」
「――いいよ、一征」
 肌に噛みつきながら、充家が満足げな吐息をもらす。
「……遙士」
 呼ばれた瞬間、悪寒にも似た電流が背中を駆けあがった。うっすらと目をあければ、視界はかすんでおぼろにしか見えない。快感で視神経までが麻痺してしまったようだった。
 充家は時間をかけて遙士の身体を緩めてから、コンドームの箱をあけた。仰向けに直されて、見上げれば、充家は遙士の足のあいだに身体を入れてきている。遙士からも腰を持ち上げるようにしてひらいた正座の状態の充家の腿の上に、両足を乗り上げさせた。
 両手を枕の上に投げ出して、あとは好きにしてくれと力を抜けば、充家はいきなり萎えはじめていた遙士のものを握ってきた。
「うっ、は、――あっ……」
 虚をつかれて、肺から息が逃げる。そこに熱い楔が突き立てられた。
「ん、んんっ――」
 遙士のペニスをゆっくりと扱きながら、自分のものを挿入してくる。その感覚のどこに焦点をあてていいのか分からず、翻弄されるまま大きく喘いだ。
「あ、ああっ、あ、――はあっ……」
 縋れるものがないために、手のひらは空をつかんだ。立てた足が引き攣れるように、小刻みに揺れる。後孔に襲いかかる負荷に、なぶられる愉悦が上乗せされて、もうどうにもできないくらいに感じさせられた。
 充家のものは抵抗なく隘路を進んでくる。ゆっくりと、擦りたてながら奥の奥まで、その存在を露にしながら。凶器のようなそれに、けれど愛おしさも湧いてくる。やっと、という想いで満たされて、苦痛の中にもそれを受け入れた。
 頭上の相手も、官能にこらえきれず眉をよせている。
 薄い唇の隙間から、食いしばった白い歯が見えた。
「一征」
 名を呼べば、向けてくる眼差しは愛情に緩められる。身体を倒して遙士の横に手をついて、もう一度濃厚に唇を合わせてきた。そのまま、腰を強く突き入れられる。
「んっ、んん――、んっ」
 両手を首に巻きつけて、初めて知る享楽に身を任せた。
 馴染むのを待たず、充家は腰を入れ込んできた。我慢の限界がきたらしく駆り立てられるようにして、烈火のような抽挿をいきなり開始する。
「あっ、ああっ、……あ、……は、っ」
 ついていくのだけで精一杯で、楽しむ余裕などない。痛みは振り切れていたけれど、それでもまだ感じるほどには身体が慣れていなかった。
 充家の動きは激しさを増して、遙士の四肢は引き摺られるようにして揺れた。
 肩に縋ってキスを受けとり、相手の硬い腰骨に足を絡ませる。無心に遙士の身体を貪る姿に、もういちど「一征」と呼びかけた。
 真剣すぎて虚ろになった瞳をこちらに向けさせて、焦点を合わさせる。抜き差しを繰り返させながら、視線を絡ませた。
「一征。……今、お前が抱いてるの、誰?」
 わかりきった質問に、充家が口元を持ち上げる。
 は、とかるく息をはくと、夢見るようにつぶやいた。
「……遙士」
 艶めいた声音に、下腹から力がせり上がり、動き続ける充家を喰い絞めた。
 それに抗うようにして、相手はさらに動きを速め、遙士の内部を煽ってくる。感じる場所を抉られて、思わず細いあえぎ声がもれた。
「俺のいちばん、大事な男」
 見つめ合ったままで、充家が掠れ声でささやく。その瞬間、激しさが甘さに変わり、擦りあげられる苦しさが狂おしいほどの快楽に変化した。
「んっ……」
 穿たれた場所が蕩けるように熱を持ち、突かれる奥側が甘すぎる快感に何度もうねる。オルガズムの予兆に、心と身体が同時に階を駆け上がっていった。
 それは相手も同じだった。充家は切れ上がった眼を細めて、頂をこえる吐精の鋭敏な感覚に呻いた。
 充家に掴まれていた遙士の熱情も、同時に解放を訴える。
「あ、ああっ。あ、はあっ、――だめ、もう……」
 まわした腕に力を込めて、遙士も追うようにして射精した。
 体中を駆け巡る嵐のような奔流に、やっとひとつになれる場所にたどり着いた気がする。何度か痙攣したのが自分のものなのか体内の相手のものだったのか、わからないほどに密着したままで、長いあいだ繋がっていた。
 呼吸が落ち着くまでずっと、遙士は充家の耳と髪に唇をあてていた。汗に濡れた肩をなでて、余韻に浸りながらそっと目をとじる。
 そのあいだ、充家の指が下半身にいつまでも名残惜しげに絡みついていた。


 ◇◇◇


 夜明け前の部屋のなかで、遙士は傍らで眠る男を見ていた。
 カーテンは開けたままだったから、窓からは早朝の蒼い光がベッドの上にまで降りてきている。
 片肘をついて、上体を枕の上に起こした。そうすれば寝顔がよく見えるようになる。充家は横向きで自分の腕を枕にして眠っていた。
 何日も仕事や家のことに忙殺されていたのか、とじた瞼の下には、まだ青黒い隈が残っている。首にかけられた革紐も傷みはじめていた。きっと身に着けたまま、一度も外さなかったのだろう。切れそうになったら、また新しく作りなおしてやらないとな、と思いながら、静かな寝息をたてるその横顔を眺めた。
 明け方までふたりで何度も求め合って、やっと満足したのはつい今しがただった。充家はそのまま倒れこむようにして眠りに落ちて、遙士は軋む身体でそれを受け止めながら、暫くのあいだ茫然と息を継いでいた。もしかしたら、もう戻ってきてくれないのではないかと思っていたから、自分の腕の中にいるということがまだ信じられなかった。汗ばむ身体を抱きしめて、遙士はいとおしさに目を強くとじた。そうしないと、自分らしくないものが零れ落ちてきてしまいそうだったからだ。
 疲れをにじませ寝入る姿に、自然と頬もゆるんでくる。
 これからもずっと一緒にいられるのだと思えば、この先の時間すべてを、彼のために大切にしていきたいと思えた。
「……」
 うっすらと充家が瞼を持ち上げてくる。首を巡らせて、遙士が起きているのに気がつくと、眠そうに目を瞬かせた。
「……まだ、起きてる?」
「うん」
 仰向けに体勢を変えて、半分とじかけた瞼で、遙士を見上げてきた。
「眠れない?」
「――ん。お前が帰ってきてくれて、嬉しくってさ。眠れないよ」
 相手は口元に小さな笑みをうかべる。
「俺はやっと、ゆっくり眠れるようになったよ」
 そう言うと、身体を遙士のほうに傾げて、腕を腰の上に巻きつけた。そのまますぐに、また寝息を立てはじめる。
 遙士はすこし硬い充家の髪に指を忍ばせて、毛づくろいするかのように軽くなでてやった。
 眠りながらも満足そうに、相手は肩を揺らしてくる。それに合わせて、胸元のアクアマリンも小さく波打った。
 長崎にいるあいだ、充家はこの石を見ると、遙士の笑顔を思い出すことができたと言っていた。そうして、それがアルコールの誘惑から彼を守ってくれていたと。
 充家にこのネックレスを渡したときには、そんなお守りのような役目を与えようなどとは考えていなかった。ただ、ふたりの出会いの記念にと、渡したしただけだった。けれど、充家はずっとそれを肌身離さず大切に持っていた。Tシャツの襟元からこれを取り出して見せてきたときの笑顔を思い出せば、嬉しさで胸が痛いほどになる。
 この透明な石が、この男の胸にある限り、傍にいることはできるだろう。
 遙士は手を伸ばして、モチーフを摘んだ。ふたりをつないだ小さな天然石。出会いから再会までを導いたブルーのベリル。
 充家の傷口を塞いで、これからも癒し続けるだろう小さな石。
 深い眠りへと落ちていく男を眺めながら、遙士は淡く微笑んだ。
 そこに煌きが反射する。
 蒼から水色へと色を変える部屋の中で、空の青をたたえた宝石は、朝日を待ちながらゆっくりと輝きはじめていた。



                             ――終――



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