夜明けを待つベリル 番外編 前編(R18)


この話は『夜明けを待つベリル』の番外編、後日談となります。
本編の続きとなっておりますので、ネタバレ入っています。お気をつけ下さい。
性描写は軽く有り。前後編です。


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 十二月に入り、寒い日が続いている。
 夜九時すぎ、遙士は自室のベッドに横になって、ノートPCで卒論用のデータ整理をしていた。
 年明けには提出しなければならない卒業論文は、あらかた出来上がっている。夏に製作した装置で得られた実験結果から、論文は満足できる仕上がりになっていた。これも、優秀なガラス職人の協力があってのことだった。
 脇においたスマホには、その職人、充家からの『今から行く』というメッセージが届いている。『玄関あけとくから、勝手に入ってきていいよ』と返事を送っておいたから、そのうちドアがあくだろう。
 程なくして、廊下の先から扉をひらく音がした。それに続いて鍵をしめる音が聞こえてくる。元は仕事相手、今は恋人になった彼が肩を竦めて部屋に入ってくる。
「寒い」
 開口一番、こぼしてきた。震えながらベッドの遙士の横に腰をおろす。
「外、そんなに冷えてた?」
「ん」
 夏の暑さには強い充家も、冬の寒さはこたえるらしい。厚手のブルゾンを脱ぐと、「入っていい?」と訊いてきた。いいよ、と答えてノートPCの電源を落とす。
 横にずれて場所をあけてやると、相手の髪が濡れているのに気がついた。今日は、坂井邸の夕食に呼ばれていたはずだったが、どうして濡れているのか。
「風呂はいってきたの?」
「うん」
 服のままで上掛けにもぐりこむ。
「なんで入ってきたんだよ。うちで入ればいいのに」
 風呂上りでここまで歩いてきたら、そりゃ冷えて寒いだろ、と言うと、充家は肩をぶるっと震わせて言った。
「だって、坂井さんの奥さんが夕食の時に、みんなの前で言うんだよ。『あなた、うちの風呂ぜんぜん使ってないみたいだけど、一体どこで入ってきてるの?』ってさ」
「……まじか」
「俺、食ってる途中だったから、ノド詰まりそうになった」
 笑うに笑えなくて、その時の充家に同情した。
「だから今日は風呂借りてきた」
 赤らんだ耳に触れると冷たくて、そのまま擦ってやる。ノートPCを出窓におくと、遙士も上掛けにすべりこんだ。
「エアコンの温度あげる?」
「いや。いい。あっためてもらう」
 頬に手をおくと、そこも冷えている。
 唇を合わせれば、柔らかなアイスのような感触がした。充家が唇を首筋に移動させると、冷やっこくて肩がすくまる。冷たいけれど、気持ちいい。思わずため息のような声が洩れた。
「冷えてるな」
 身体を包み込むようにしてやる。上着の内側は風呂上りのせいかすこし暖かかった。
「いい?」
 充家が了承をとりにくる。
「聞くなよ」
 目を閉じて、相手のベルトに手をかけた。それが合図のように、充家がうなじに歯をあててくる。
 遙士はベルトをゆるめて、ボタンをはずし下着の中に手を入れた。
「んっ」
 茂みに指を突っ込んで、根元をぐいと掴む。いきなりの刺激に、相手が反射的に腰を引こうとした。それを捕らえて、無理矢理ものを引っ張って上向かせてやる。
 充家が反撃するように耳を甘噛みして煽ってきた。くすぐったくて思わず声が出る。
「……がっついてんの」
 まだ半勃ちのものを握りしめてにっと笑う。「どっちが」と笑いながら相手も容赦なく攻めてきた。
 遙士はセーターの下にコットンシャツと、その下にはTシャツを着ていた。その三枚をまとめて強引にめくられる。現れ出た素肌に、充家は吸いついてきた。
 左の乳首に唇をあてて、舌を出して舐めあげる。
「――あ」
 と、遙士が声を上げた。大事なことを言うのを忘れていた。
「しまったっ、ダメ。そこ、一征、舐めちゃダメだった」
 叫ぶと同時に、充家が舌を離した。
 口元を手で押さえ、がばりと起き上がる。ウッと呻いて、ベッドを下りると急いでキッチンへと駆けていった。
 すぐにジャージャーと水の流れる音が聞こえてくる。充家が口をすすいでいるようだった。
「あー……。わるい……」
 ベッドの上で乱れたまま残された遙士は、後姿に向かって謝った。
 しばらくそうしたあと、タオルで口元をぬぐいながら、なんとも神妙な面持ちでベッドに戻ってくる。それにもういちど、ごめん、と謝った。
「薬ぬってたんだった。忘れてた」
「……なんで」
 口の中が苦いのか、眉間には皺が刻まれている。
「いやだからさ。この前から、腫れちゃってたんだよ。ひりひりして痛くなってるほどだったから、さっき我慢できなくなって、軟膏の薬ぬったんだ」
「腫れた?」
 タオルで口を押さえながら横に腰かけてきた。
「うん……だから。その、おまえがさあ、しつこく舐めたり吸ったり噛んだりしてくるからさあー……」
「……」
「皮膚うっすいから、こすれて腫れちゃったんだよっ」
 恥ずかしいのを誤魔化すように、責め口調でこぶしを腕にぶつけた。
「ホントに?」
「嘘つくかい。こんなこと」
 赤い顔で説明すると、充家は真面目な顔つきになった。
「そうだったんだ。……知らなかった。悪かったよ」
「いや……いいけどさ」
「痛くなってたって?」
「……まあ、ちょっとね」
「ごめん。今度から、気をつける」
「……うん」
 真顔で謝りを入れてくる男を見ていたら、恥ずかしいのは消えて、なんだか笑えてきてしまった。
 こんなときまで、充家の態度は生真面目だ。謝罪とやったことのギャップに笑いがこみあげるのをぐっと我慢して、タオルで口を押さえる相手を見つめた。
「苦かった?」
「舌、痺れてる」
 不味いものを食ったという顔をしている。
 遙士は充家のタオルをそっと取ると、唇をよせた。舐めるようにして、相手の薄い唇をたどる。舌を差し入れて、痺れているという舌先を撫でてみた。なんとなく、薬の味がしないでもない。
 唇を離すと、やっぱり笑えてきてしまった。こらえきれずに、ぷっと吹き出してしまう。
「なんだよ」
「いや、やっぱ、だって」
 ベッドにごろりと転がって、腹を抱えた。
「俺の……薬、ぬったとこ……舐めて……さぁ」
 言ってる傍から笑いが止まらなくなってくる。
「なんだよ」
 整った眉を八の字にして、充家が見おろしてきた。
「一征のびっくりした顔がさ……あんなの、めったに見れるもんじゃないからさ……」
 いつも寡黙な彼が慌ててキッチンへ走っていく様は、珍しい姿だったから、悪いと思いつつどうにも可笑しくなってしまった。
「誰のせいだよ」
 笑い続ける遙士の背後に圧しかかりながら、機嫌を損ねた声で言ってくる。
「いやそれは、自分の……せいだろ」
 どっちが悪いのかと言えば、どっちにも非があるのだが、原因を作ったのは充家だ。相手もそれはわかっているらしく、「むぅ」と唸って、それ以上は反論してこなかった。かわりに服の上から遙士の股間を掴んでくる。黙らせようとしてか、強く押さえてきた。
「あっ……やめて。あ、は、はは。……っ、それやめて――」
「笑うの止めるまでやめない」
 身を捩って逃げようとしたが、後ろから抱きこまれ、弱いところをきつめに刺激された。
「あ、あっ……。ダメ。そこ、そん、な……」
 もどかしい快感に、腰が揺れる。けれど充家が手をゆるめると、また笑いがぶり返してきてしまった。
「……っ、て、くっ。くふっ……」
 声を押し殺そうとしても、喘ぎと共に、笑い声も洩れてしまう。
「このヤロー」
 充家も本気で怒っているわけではないんだろう。耳に歯をたてながら、遊ぶように揉んで遙士のものを硬くしようとしてくる。
「わかった。俺が悪かった。……だから、ちょっと、いったん、離してくれよ」
「ダメだ」
「まじでぇ」
 ツボに入ってしまったのか、遙士はわき腹が引きつるほど喘ぎながら笑った。背中で充家も笑っている気配がする。けれど、指先の責めは緩むことなく続けられた。
「も、もう、ダメだって。一征、勘弁して」
「無理。もう止まんないから」
「そんな――あはは」
 充家の手は止まらない。
 そのまま、その日は夜おそくまで、「許して」という笑い声が泣き声に変わるまで充家に仕返しされてしまった。


  ◇◇◇


 次の日、遙士は大学がひけてから、坂井ガラス工房まで車を出した。
 仕事おわりの充家を拾って、遠出しようと約束していたからだった。車で一時間ほどいったところに美味しいと有名なラーメン屋があって、そこに一度行ってみたいと以前から遙士が頼んでいた。
「体力なくなったから、スタミナつくもの食べたい」
 と、昨夜、遙士がベッドで言うと、充家は「わかったよ」と笑って我儘を聞いてくれた。
 時計は午後七時。そろそろ待ち合わせの時刻だった。
 工房の前まできて車を止めると、明かりの落ちた事務所と工房のあいだに人がひとり立っているのが見えたが、充家ではない。
「こんばんわ」
 車を降りて挨拶する。そこにいたのは、職人の山口だった。
「おう。こんばんわ」
 三十代半ばのがっしりした体つきの山口は煙草を吸いながら、手持ち無沙汰にしている。誰かと飲みにいく待ち合わせをしているのかもしれなかった。
「充家はもう、仕事終わりました?」
 姿が見えないので、尋ねてみる。
「ああ。あいつは、さっきあがったところだから。なに? 待ち合わせ?」
「ええ。一緒にメシ食べに行く約束したんで」
「そうなんだ」
 灰を側溝に落としながら、頷いてくる。山口とはもう何度か、充家を送迎するときに顔を合わせて、知り合いになっていた。
「いつも仲いいね。ふたりは」
 笑顔で言われる。なんの含みもない言葉なのだろうが、こういうときは少し焦ってしまう。
「そうですか。まあ、年も同じだし、気も合うし。仕事はもう一緒にすることはないけど、なんとなく連絡取り合って、でかけちゃうかな」
「いいことだ」
 うんうんとフィルターに口をつけながら答える。暗い道路に目をやって、待ち人を探すようにしながら会話を続けてきた。
「あいつもここにきて、そろそろ一年になるしな。やっと友達もできて、落ち着いてきたようだから、俺らも安心してんだよ」
「そうですか」
「ああ。最初に見た時は、ずいぶん無愛想で、生気のない感じだったからなあ。続くのかどうか心配だったし」
 そういえば、遙士が充家と初めて会ったのも、一年前の冬だった。あれからそんなに経つのかと、少し感慨深くなる。
「けど、ここ最近はよく喋るようになったし、人並みに笑えるようにもなったしな。やっとこさ普通の若モンらしくなってきたから、坂井さんも工房のみんなも、良かったっていってるんだよ」
「そうなんですか……」
 充家の事情は皆もよく知っている。知っていて受け入れたのだから、いい人たちばかりなのだろう。
「で、なんだけど」
 手をのばして煙草を遙士から遠ざけながら、顔をよせてくる。山口はナイショ話をするみたいにして声をひそめた。
「あいつがあんなに明るくなったのは、彼女ができたからだって、職人連中の噂なんだけどさ。あいつ、口が固くって、何回きいてもぜったい彼女の話しないんだよ。采岐さん、あんた、友達なんだろ? 充家の彼女、見たことある?」
「へっ?」
 いきなり聞かれて、裏返った声がでた。



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