ゆるキャラ系 童貞男子の喰われ方 07


「あの……脇腹とか弱いんで、触るんだったらまえもって言ってくださいね」
 気分を損ねてしまったのかと、委縮して遠慮がちな言い方をしてしまう。上城はそんな陽向を、じっと見つめてきた。なぜか指で目のふちを拭うようにして、不愛想に言い捨てる。
「そうだな。このまえ触ったときもエロっぽい声だしてたもんな」
「えっ」
「ちょっと触っただけだったのに」
「ええ?」
 このまえ触ったときって? 股間をお世話させてしまったときのこと? あのとき俺そんな声だしてたっけと考えながらよくわからない言い訳を口にした。
「……合唱部で天使の歌声って言われてたもので」
「なんだよそれ」
 呆れたように言われて、やっぱり機嫌が悪いのかと思った。自分と話すのに苛ついているような気もする。
 この状態をどうしたものかと思っていたところに、桐島が戻ってきてくれた。
「あ、上城さん。こんばんわ」
 明るく声をかけた桐島に、上城も振り向いてにこりとする。
「やあ」
 自分に向けるのと全く違う、綺麗に作られた笑みに陽向は目を見ひらいた。営業用スマイルなのかもしれないけれど、ぜんぜん態度が異なっている。
「偶然ですね。こんなところで会うなんて」
 計画的にやってきたことは伏せて、桐島は笑顔で挨拶をした。
「あたし、ここのボクササイズに入会したんですよ」
「ああ、聞いたよ。俺、そっちにも時々手伝いに出てるから」
 うわあ、本当なんですか嬉しい、と言う桐島は、実はそのことも、アキラから聞いて知っているのだった。
「上城さん、今、練習終わったんですか? よかったら、これから食事にでも一緒に行きません? あたしたち夕食まだなんですよ」
 積極的に誘いをかける桐島に、横の陽向も話をあわせてうんうんと頷いた。練習後の上城をつかまえて食事に誘うというのも計画のうちだった。
「いいけど、あんたも来んの?」
 陽向に顔を向けて確認を取ってくる。その口ぶりが、まるで邪魔者を扱うようだったので、陽向はグサリと傷ついた。
「……いや。あの、俺は、お邪魔だったら、これで帰りますが」
 その方が桐島も彼も喜ぶのかな、と思えば気持ちは一気に沈んだが、笑顔を無理に繕って提案した。
「なんで帰んの。一緒に来いよ」
「へ」
「ひとりだけ帰ろうとすんなよな」
 意味不明の引きとめに、頭に疑問符がいくつも発生する。帰れって言ってるのか、帰るなって言ってるのか、どっちなのか。
 戸惑っていたら、ぐいと腕を掴まれた。
「あんたも来んだったら、俺も行く、って言いたかったんだよ。誤解すんなよ」
「……あ、そうなんすか」
 目を瞬かせながら返事をすれば、相手も、「うん」と納得する。意思疎通の難しい人だなと、掴まれた手の強さから陽向は感じた。
 三人で、ジムを出てから、近くにある居酒屋へと移動した。店に入り、あいていた四人がけのテーブルに陽向と桐島が並んで座り、向かいの席に上城が腰かける。揃ってビールを注文し、運ばれてきた料理をつつきながらジムでの出来事などを話題にした。
「上城さんはずっとアマチュアでボクシングをされていたんですか」
「親父がアマチュア選手だったから。俺もその影響で始めたんで」
「ボクシングって、確か体重で階級が分かれてるんですよね。だから階級落とすために減量とか大変だとか」
「ああ。俺が一番真剣にやってたのは高校の頃で、そのときのベストウェイトはウェルター級だった。食事は親父がメニュー組んでくれてたし、練習さえきちんとしてれば無理な減量は必要なかったよ」
「プロは目指さないんですか?」
 桐島が上城のことを知りたいのか、色々と質問を振った。
「プロは興味ないから目指さない。それに店があるしな。あの店は死んだ親父が残したものだから、ちゃんと守っていきたんだ」
 大ぶりのビールジョッキを傾けながら、上城が答える。今日は客とバーテンダーじゃないせいか、口調がいつもよりラフだった。
「バーテンダーの仕事も気に入ってるし。そっちの方の技術を磨きたいと思ってる。俺の親父も引退後はいいバーテンダーだったから」
 だから、あのお宮通りに店を持って、そこを離れることなく維持しているのか。
「いいお店ですよね」
 陽向が言うと、そのときばかりは上城が嬉しそうに顔を綻ばせた。
「そう思う?」
「ええ」
 切れ長の目を細めて、口元を持ちあげる。営業用スマイルとはまた別の魅力的な笑顔だった。思わず見惚れてしまうような。
 吸いこまれそうな力のある目から逃れるため、陽向は慌てて俯いて、自分のジョッキに口をつけた。
「……あ。あたしちょっと、手を洗ってくる」
 そうしていたら、指先を料理で汚した桐島が、横でバッグを手にして立ちあがる。
「悪い。ごめんね」
 桐島は奥の席だったので、陽向は椅子を引いて自分の後ろを通してやった。
 洗面所に消える後姿を見送っていると、上城も横目で彼女を見ていることに気がついた。なにか考えるような様子で、通路を行く桐島を眺めている。視線に込められた意味を読み取ることはできなかったけれど、興味がなければ見たりしないんじゃないかと思えた。
「可愛いと思いませんか、彼女」
 テーブルに身をのりだして、尋ねてみる。
「え?」
 上城が目だけをこちらに戻す。
「学校でもモテるんですよ。狙ってるやつ多いし」
「へえ」
 あまり興味のなさそうな返事に、桐島のことを気に入ったから見ていたんじゃないのかと不思議に思った。
 自分に対する態度も、妬いていて、だから冷たいんじゃないのか。
 そうして、桐島に当て馬になって好きな振りをしてくれと頼まれていたことを思いだす。だったらもうちょっと彼女を売り込んで、上城の本心を見てみたいという気持ちになった。
「性格も明るいし、一緒にいて楽しいし。恋人にしたいタイプだと思いません?」
 桐島のことを褒めると、上城は冷めた目で陽向を見てきた。
「あんた、彼女のこと、好きなの?」
「えっ」
 話をこっちに振られて、戸惑った声が出る。けれど好きなのかと聞かれたら、好きだと答えなくてはならない気がした。当て馬なのだから。
「まあ、……好きですよ」
「だったら、あんたと彼女で付きあえばいいじゃん。俺に振んなよ」
 不機嫌な顔になって、空になったジョッキをテーブルにドンとおいた。
 肘を組んで、相手も身をのりだすようにしてくる。
「彼女は確かに可愛いと思うけど、俺の趣味じゃないな」
「……え?」
「俺はもっと、別のタイプが好みだから」
「別の?」
「そう」
 問いかける表情になった陽向に、さらに顔を近づけてくる。陽向は目を剥いて、相手の鋭い瞳が近づいてくるのを見つめた。
「俺はどっちかって言うと、可愛い女の子よりも、可愛い男の方が好みだから」
 へ? とあけた口が間抜けに固まる。
「脇腹がやわらかくて、からかいがいのあるようなね」
 その瞬間、怒っているとばかり思っていた眼光が、スッと色を変えた。
 鋭いのは変わらなかったが、内に挑むような熱を湛えだす。陽向は魅惑的な双眸から目が離せなくなった。
 上城は口を引き結び、目だけでなにかを訴えかけようとするように陽向の顔をじっと見つめてきた。なにか伝えようとするかのように、虹彩の奥をのぞき込んでくる。しかしその意味はよくわからない。けれど自分の中からも、同じように熱が発生してくるのはわかった。陽向は言葉を返すこともできず、魅入られたように相手の顔を凝視した。
 上城が、陽向の瞳をつかまえたままやわらかく眼差しをほどく。そうすると、ほんの少しだけ笑ったような表情になった。
 それを見たとたん、心臓がドクンと大きく跳ねた。太鼓でも耳元で叩かれたかのように、身体がびくりと慄く。



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