ゆるキャラ系 童貞男子の喰われ方 11


「桐島」
「うん?」
 隣の席に身をのりだして、小声で話しかける。
「あれから……上城さんとは、どうなったの?」
 上城の怪しげな話はするつもりはないが、それ以外の動向は知りたいと思ってしまう。結局、噂話になってしまうのは避けられないのだった。
「ああ、ランチ食べて、そのあとは仕事があるからって、彼は店に戻ったみたいよ」
「へえ」
 だったら、陽向の働いているコンビニには、桐島と別れたあとで来たのだろう。
「……うまくいってんの?」
 こそっと尋ねると、桐島はため息まじりに苦笑した。
「なかなかねー。進展しないのよねこれが」
 その横顔に、上城が彼女を狙うと宣言したことを思いだす。コンビニに直接伝えに来たぐらいだから、上城もてっきり桐島のことが気に入ったと思っていたのだが、そうじゃないのだろうか。
 桐島とランチをしたあとに、陽向のところに来てそう言ったということは、これから狙うところなのかもしれなかった。
「彼、なに考えてるのか、いまいちよくわからないところあるし」
「……まあ、確かに」
 自分に対する態度を思いだしても同感してしまう。
「お店にもできるだけ行くようにしてるんだけど、あそこ、やっぱりたどり着くまでがちょっと怖いし。かといって毎回アキラさんに頼むのも悪いしさ。アキラさんは全然気にしないよって言ってくれるんだけど」
「女の子ひとりだとね」
 桐島が、うんうんとうなずく。陽向はここのところ、桐島にザイオンに行こうと誘われても断っていたので、悪いなと思いつつ同意した。
「上城さんのお店、中に入ればすごく雰囲気いいじゃない。上城さんも腕のいいバーテンダーだし。なのに、どうしてあんな古くて暗いお宮通りなんかで店だしてるのかしらね。駅まえの繁華街に移れば、ザイオンだったらもっと人が入って繁盛する気がするんだけど」
「そう簡単には移転はできないんじゃない」
「そうねえ。でも、全くできないわけでもないでしょ。移ろうと思ったら、もっと条件のいい場所はいくらでもあるわよ。駅まえなら街並みも整理されて綺麗になってるし。なにか、理由でもあるのかなあ。あそこにこだわるのに」
 聞きながら、さっきの多田の話がまた頭に浮かぶ。上城が、あの集団と仲間だったという噂が。
 上城があそこに店をだしているのには、特別なわけでもあるのだろうか。もしかして、店の奥で裏家業でも営んでいるのか。物騒な想像を、まさかと心の中で否定する。
「本人に訊いてみれば? どうしてお宮通りに店を持つことにしたんですか、って」
「そうね。今度、ふたりきりになったときにでも訊いてみようかな」
 ふたりきり、という言葉に胸がちくりと痛んだ。
 けれど、それを顔にはださないように目をそらしつつ、陽向はまえを向いて講義が始まるのを待つことにした。


 ◇◇◇


 陽向が断り続けたせいで、翌週から桐島からの誘いがぱったりと途絶えた。
 あれほど三日おきにザイオンに行こう行こうとメッセージをよこしてきた彼女から、一緒についてきてという文字が消えた。
 けれど、ボクササイズの報告は定期的に送られてきている。『今日はバンテージの巻き方教わっちゃった』とか『練習用DVD借してもらった』などという仲睦まじそうな文が、カピパラのスタンプと共にスマホに届く。
 桐島はひとりでも店の方に通っているらしかった。相変わらずアキラの送迎つきで。
 陽向は居酒屋で三人で飲んで以降、ザイオンには足を運んでいない。桐島に付き添うのをやめたので、行く理由がなくなってしまった。普通は気に入った店ができたなら、理由がなくともふらっと訪れたりするのかもしれないが、陽向には後ろめたい思いがあったから、足が遠のいてしまっていた。
 あそこに行くのは、どうしても憚られてしまう。
 上城の考えていることがよくわからない。桐島のことは趣味じゃないと言っていたのに、陽向が当て馬になったとたん、こっちに対する風当りが強くなり彼女のことを狙うとライバル宣言をしてきた。
 けれどそう言うのなら、自分だって彼のまえでは意味不明な振る舞いをしている。取り散らかった感情そのままに、憧れの眼差しを向けてみたり急に視線を避けてみたり。しかしそれは陽向が自分の思いとは裏腹に、桐島のことは友人でしかないのに、片想いしているような演技をしているせいだ。
 上城には会いたい。そっけなくされても仏頂面で応対されても、ただからかわれてるだけでも、顔を見たいという気持ちはある。ザイオンの雰囲気も好きだし、あそこでゆっくりとすごしたい。それでも、足を向ける勇気がなかった。
 週末の夜、陽向は自分の部屋でなにをするともなく時間をつぶしていた。
 スマホをいじりながら、ベッドに寝ころがりぼんやりとすごす。上城のことを考えつつもうわの空でゲームアプリをしていたら、機械がメッセージを受信した。
 かるい電子音が流れて、画面上に『上城礎』という文字が現れる。
「え?」
 がばっと起きて、すぐにゲームを打ち切った。メッセージをひらくと、そこには確かに上城からの伝言があった。
 上城とは以前アドレスの交換をしている。桐島が上城に頼んで、ふたりが交換していたときに隣にいた陽向は、流れで自分も参加させられていた。しかし今までメッセージが来たことはなかったから驚いた。
『月曜日の映画、あんたも来るの?』
 端的な、意味不明の文言が表示される。陽向は首をひねった。なんのことを言われているのかよくわからず、だからそのまま返信した。
『なんのことですか?』
 すぐに返事がくる。
『月曜、ボクササイズのあと、レイトショーの映画に彼女と行くことになった』
 そうなのか、と文に目を通しながら、しかし自分に参加を尋ねてくる理由がわからなかった。上城も桐島も、陽向に声をかけていないのなら、これはデートになるのではないか。
 考えていたら、またメッセージがかるい音と共にポップした。
『あんた彼女のこと好きなんだろ? だったら邪魔しに来いよ』
「……へ?」
 思わず声がもれる。
 やっぱりよくわからない。なぜこんな誘いが来るのか。
 ふたりが映画に行くほど進展しているのなら、陽向がわざわざ割り込んで邪魔をする必要などないはずだ。
 うまくいっているのなら、それはそれで寂しさは感じてしまうけれど。
 陽向はとりあえず桐島にメッセージを送って、向こうの仲がどれだけ進んでいるのか確認を取ろうとした。もし、まだ桐島が当て馬を必要としているのなら行った方がいいのかもしれないし。
 桐島に映画について尋ねるメッセージを送信する。まめな彼女からはすぐに返事が来て、会話が始まった。
『なんで、映画のこと知ってんの?』
『俺、行く必要ある?』
『ないない。来なくていいよ。せっかくふたりきりで行くことになったのに』
『ですよね』
 と話していたら上城からまたメッセージが来た。上城と桐島は、分けているグループが違うので、会話がまざりあうことはない。
『彼女には言うなよ。偶然装って来いよ。九時に駅まえの映画館だからな』
「まじ?」
 もう言っちゃいました、とは送れずに画面を見たまま固まってしまう。タイミングが悪かった。仕方なく『その日はちょっと用事が入っているので』と返信する。
『来いよな』
 と間髪あけずに脅しのような一文が現れた。メールの文字なのに威圧感があふれている。体育会系ですかと心の中で突っ込みを入れながら、どうしたらいいのかと焦り始めた。桐島にも映画のことは訊いてしまったのだし、偶然は装えない。
 なんて書き込もうかと、人差し指を文字盤の上でうろうろさせる。そうしていたら新たなメッセージがぽっと顔をだしてきた。
『ていうか』
 と、つなぎの言葉が出現する。文面からも不機嫌が感じ取れて、小心な陽向はドキドキしてしまった。
『なんで最近、店に来ないの?』
「へ?」
 画面と会話する勢いで、スマホに顔を近づける。いきなり違う話題を振られて、けれどこちらの問いにも答えることができず狼狽えた。しかし店に行っていない理由を言うわけにはいかない。
 うまい返しはないものかと、ない知恵絞って考える。しばらく悩んでいたら、相手は焦れたのか、また物騒な台詞を打ち込んできた。
『月曜来ないなら、彼女喰っちまうよ』
「……」
 スマホを握りしめ、挑発的な言葉に画面を凝視した。
 喰っちまうってどういうこと? 関係しちゃうってことをほのめかしてるの?
また胸が捩じれるように、ぐりっと痛んだ。
 桐島と上城が、そういう関係になる。恋人同士になるのか、それとも上城は遊びで桐島を相手にしようとしているのか。けれど、どちらにしろ陽向のあずかり知らぬ仲になるのだ。
 しかし、とあいた手で髪をかきあげながら考える。桐島は、そうなることを望んでいた。上城と付きあうこと。これが彼女の願いだった。ならば、どうぞどうぞと自分は身を引くのが一番いいのではないか。上城は、桐島は可愛いと思うが趣味じゃないと言っていた。それが、『喰う』気になったのなら、何度か会っているうちに考えが変わって好きになったのだろうか。
 そう考えている間も胸はずきずきと痛んできた。
 ふたりが恋人関係になってしまうのは、考えたくなかった。どう返信したらいいのか、履歴を読みなおし、画面をうろうろとスクロールさせる。そのうちに焦りはどんどんエスカレートし、ついには勝手に指先が文字を刻んでいた。
『いやです』
 送信してしまってから、なんで、と唖然としてしまった。しばしの沈黙のあと、軽快なリズム音がスマホから流れてくる。
『だったら来いよ。待ってるからな』
 文面から満足げな様子が漂ってきている気がするのは、思考が混乱しているせいなのか。
 陽向はスマホをベッドに放りだし、ばたんと仰向けに倒れ込んだ。



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