ゆるキャラ系 童貞男子の喰われ方 15(R18)


 アプローチなどされただろうか。身に覚えのないことに、疑問符が頭に発生する。
「居酒屋で。脇腹がやわい可愛い男が好みだって言っただろ。そのとき、おまえ俺の目顔に応えてきたじゃないか」
「ええ?」
「男同士のときは、大抵最初に目線で了承を取るんだよ。イケるか、イケないか。俺が誘いかけるサイン送ったら、拒否せずに、そっちも見返してきたじゃないか」
 陽向は混乱しながら、そのときのことを思い起こそうとした。あの晩、居酒屋で三人で飲んだとき。
 そうだ。あのとき、上城から見つめられて、自分は確か経験したことのないような痺れを感じたのだ。目が離せなくなって、強い光をたたえる瞳をじっと見つめ返したはずだった。それに『了解』と頷かれたような気が――。もしかして、あれが?
「さっきだって、映画館で腕を回したときも拒否しなかったし、むしろそっちからしなだれかかるようにしてきたじゃないか」
「そ、そんなこと――」
 した覚えはない、と答えようとして口ごもった。
 言われた通り自分は映画館で肩を抱かれたとき、逃げはしなかった。背中を擦られすごく幸せな気分になって、癒されそして安堵し、ベッドシーンが始まるとドキドキして、耳元で囁かれた言葉に震えるように反応をした。
 確かに、男に全く興味がなかったらあんな風に身体が高揚するはずないんじゃないかと、自分自身に問うてみる。
 ――俺はなんで、この人と目があうといつも気持ちが逸るのか。
 低くて心地よい声音が耳に響くと、胸が煽られる。早くしろと誰かに急き立てられて、走りだしたくなるような、そんな平静さを失う気分になる。男相手に、こんな感情を持ったことなんて今までなかったのに。
 けれど、女の子に対しても、過去に身体に火がついたような感覚になったことはなかった。付きあった子とは、もっとゆったりとした友情の延長のような関係だった。
 上城に近づかれると感じる、心の奥の一番深いところを抉られるような、やばい場所に踏み込まれるような怖さは、もしかしたら自分の本質に触れるものだからなのか。
 自分は男にも惹かれる。
 それは今まで気づかなかった性癖で、二十歳になるまで知らなかったのは、ただ、好みの相手に出会わなかっただけで――。
 頭が混乱して、思考がぐるぐる絡まっていく。初めて自覚した考えに、脳が真っ白になって困惑したまま目のまえの相手を凝視した。
 ――この人が、俺が好きになった、初めての男の人なのか。
 硬質ではっきりとした顎のライン。高くてまっすぐな鼻梁。薄い唇に、ときに攻撃的になる漆黒の瞳。
 陽向は魅入られたように、じっと上城の顔を見つめた。
「自分でも気づいてなかったのか」
 顔をのぞき込むようにされて、そんな不安になるようなことを言われて、陽向は怯えたように相手を見返した。
「……わかんない」
 答えを求めて視線で縋る。上城はかるく目を瞠って、それから射とめられたのは自分の方だというように、不機嫌に眉根をよせた。
「そういう目が、応える目だって言うんだよ」
 うなじを掴まれ、あ、と思ったときには、引きよせられていた。怒ったような顔が迫ってくる。けれど触れそうになる寸前で上城は動きをとめた。
 瞬時ひたと見つめあう。
 陽向は上城の瞳に吸いこまれるようにして、相手の唇に触れていた。
 ――なぜか、自分から。
「……」
 お互い、視線は絡めあったままだった。陽向は自分のしたことが信じられず、石のように固まった。しかし心臓だけはバクバク暴走していた。
 息をとめていたことに気がつかないで、途中で苦しくなって、ばっと顔を背けると肩を震わせ大きく喘ぐ。顔が茹ったように赤くなっている気がした。
 いきなり腕を強く掴まれて、驚くと同時に床に押し倒される。
「……いっ」
 背中がフローリングに敷かれたラグにぶつかった。今度は、噛みつくようなキスをされる。少しあいていた唇の隙間から、乱暴に舌が侵入してきた。こじあけるようにされて、全身が慄く。
「……ふぁ、……ちょっ」
 事態の急変についていけない。
 なにがどうなっているのかわからないうちに、口内くまなく蹂躙される。上あごを舐られると、電撃のような怖気が背筋を駆け下りた。
「まっ……まっ、て、おねが……」
 上城が服の上から身体を撫でまわしてくる。シャツの下から感じたことのない感覚が生まれてきた。
「そ、そん……、ぁっ」
 頭はパニックになっているのに、身体はそうじゃなかった。気持ちよさに従順に反応している。それが余計に、混乱を引き起こした。
「ゃ……、ぅ、うそ……だ」
 上城の膝が、陽向の股間にのりあげる。下肢にありえないやるせなさが襲いかかった。
「……ひっ」
 引きつった声に、上城が唇を食みながら唸るように呟いてきた。
「硬え」
「ええっ」
 ぐいっと圧迫されて、その存在の明確さに陽向は愕然とした。
「嘘……」
 泣きそうな声が出る。自分で自分が信じられない。こんな、身体中に火がついたようになるなんて。初めての経験かもしれない。
「……待って。待ってくだ、さい。お願い、だから……」
 涙目になって頼み込めば、上城は獣のように「むぅ」と喉奥で呻いた。
 寸どめをくらったように、焦れた顔になる。
「キスしてきたのは、そっちからだぞ」
「けど……けど……」
 のせていた足をぐっと押しつけられる。
「……あっ」
 硬くなったところが、びくびくと魚のように反応した。快感が脳髄を溶かしてくる。陽向は恐くなって相手の腕を掴んだ。
「上城さん、お、俺、こんなこと、初めてだから……」
「初めて?」
「……は、はい。……だから……」
「だから?」
 なんなんだよ、というように、もどかしそうな表情をされる。
「やめて欲しいのか?」
 訊きながら、けれどゆったりと膝で擦ってきた。煽るような動きが憎らしいほど気持ちよかった。
「……ぁ、あ……う、うん、け、けど……」
「けど?」
 陽向の言葉を引きだそうと、上城が一言ずつ後を追う。話しながら陽向は自分がどうして欲しいのか、どうしたいのか分からなくなってきた。嫌なのか、そうじゃないのか。
「けど、なんだよ」
 触れられただけで、達きそうになってしまう。快感に戸惑う表情を見せてしまえば、上城の方も歯どめがきかないという雄の顔に変わった。
「……こんな、こと、されたら……も、もう、ダメ……だから……」
 ここでやめてくださいと、言いたかったのに。
「そんな頼み方じゃ、俺の方もダメになるじゃねえか」
 答えた相手は手をとめずに、陽向のコットンパンツのまえ立てをひらきにかかってきた。
「――え?」
 困惑する唇に、キスが被せられる。相手も余裕をなくしてきているのが分かった。
 なにをしているのかと問う暇もなく、下着の上に武骨な手が重ねられて、勃ちあがっていたものを握りしめられる。
「嫌なら嫌だって、早く言え。でないとやめられなくなる」
「ふぁ? え? ええっ」
「どっちなんだよ」
 やわらかな動きで、陽向の分身の弱いところを責めてきた。その巧みな手に、混乱しながらも追いあげられてしまう。
「やめるのか、やめないのか」
 尋ねながら、しかし全く手をとめる気配はなく、反対に段々と刺激を強くしてくる。未知の快楽に、ひ弱な身体はすぐに昂ってしまった。
「――ひあ、っ」
 けれど、突然、上城は指先をとめた。
 ぴたりと刺激を遮断して、陽向の昂奮をいきなり放りだしてしまう。
 ひとりだけ走らされていた陽向は、その意地悪な仕草に反射的に叫んでしまった。
「……ヤダっ……や、やめない……で……っ」
 口走ってしまった言葉のか細さに、自分でも驚く。



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