ゆるキャラ系 童貞男子の喰われ方 16(R18)


 しかし反対に目のまえの男は満足そうな顔になった。大きく頷くと、下着をぐいと押しさげる。涙腺と同じくゆるみ始めていたその場所は、透明な液体を滲ませていた。
「わかったよ」
 顔をよせて囁きながら、親指で小さな孔を抉るように刺激し始める。そんなことをされたら、男だったら誰だってたまらなくなって、抵抗力も奪われなすがままになってしまう。
「……やあ、は、はぁ、ふっ」
 知らず、甘い声がこぼれていた。すごく気持ちがいい。こんなこと、他人に施されたことがないから。裏筋の浮きあがったところをやわやわと擦られて、すぎた刺激にあっという間に昇りつめてしまう。
「ああ……どうしよう、も、もう、ホント、俺、ダメ、ですから……」
 切れ切れに喘ぎながら、頬を紅潮させる。視界もかすんできた。
「エロい」
「え、え」
「いつもはゆるキャラみたいなふにゃっとした顔してるくせに、なんだよ、くそっ。こんなときだけめちゃくちゃエロ可愛くなりやがって」
「そ、そんな、あ、あ、あ」
「まじムカつく」
 と指先に力を込めてくる。そこ怒るところ? と、突っ込む言葉も出てこない。出てくるのは絶え間ない喘ぎだけだった。
 下半身を触られるのは二度目である。このまえは怪我で、今回は劣情から。
 上城の手が自分のものに絡みついている。あの、バーテンダー姿でグラスを握る手が。そう思うとぞくぞくきて、背骨に沿って電流が走った。
 視界にスパークが舞い、神経が研ぎ澄まされていく。その中で全てが明らかになるように、上城のことが本当に好きで、この人だから欲情しているということが自覚された。
 もうきっと、他の人には触られることはない気がする。というか、この人だけでいい。この人だけが、いい。
「ああ、ぃ、いい。――い、いく……も、もう……」
 口をゆるくあけて、酸欠のように息を継いだ。上城が煽られたように、下唇に噛みついてくる。かるい痛みに震えが走った。
 喰われてしまう。本当に、この身体を好きに喰われてしまう。
 どうしよう。本気でおかしくなりそうだった。さっき飲んだ、たった一杯のアルコールが今頃効き始めている。顔が熱くなって、頭の中がぼうっとなって、意識がどこかに飛んでいきそうになった。
 快楽が、下肢のなぶられているところからじんじんと響いてくる。上城の手の動きは滑らかで、優しくて、そうして容赦がなかった。
「上城さ……俺、も、おかしくなり、そ……」
「ああ」
 精悍な顔が、煌めく瞳がすぐ近くにある。熱に浮かされたようになりながら、陽向は相手の頬に自然と手をのばして触れていた。
 上城がそれに笑んでくる。愛情深い微笑みだった。
「――ぁ」
 その瞬間、腰が跳ねて身体の制御がきかなくなり、一気に高みへと放りあげられた。上城とあわせていた目の焦点がブレていく。
 全てを手放すような感覚の中、欲望の証を吐きだすと、快感が神経を駆け抜けていった。まるで全身が膜に覆われたように、皮膚感覚が鈍くなっていく。
「は、はあっ、はふ……」
 どっと力を抜いて、身体を投げだす。自分が、自分のものでなくなったような気がした。
 呼吸が乱れて、息苦しかった。同時に、目から涙があふれてくる。だらだらとこめかみを伝って、涙の筋が途切れることなく続いていった。
「おい、大丈夫か」
 上城が、陽向の反応に驚く。
「お、俺、どうなっちゃんたんですか……」
 腕を額にのせて、ひくっひくっと喉を鳴らした。オルガズムの余韻は、寂しさに似た不安定な感情を呼び覚ました。だから急に怖くなってしまったのだ。
「どうもなってない」
 上城は泣きだした陽向の頬に手を当ててきた。あやすように、そっと優しく何度も行き来させる。
「う……っ」
 陽向は腕の下から、自分を見下ろしてくる相手の顔を仰いだ。上城は思いがけずこんな反応をしてしまった陽向に戸惑っているようだった。
 武骨な手が、なれない丁寧さで流れる滴をすくいあげる。濡れた指先は、らしくなく強張っていた。泣きだしてしまった陽向をなだめようと懸命になっている。
 陽向はもう泣いてはいけないと思い、瞳に力を込めた。
「……すいません、大丈夫です」
 ぐすりと鼻を鳴らすと、相手は安心した表情になった。
「そうか」
 指先もふっとかるくなる。
「なら、よかった」
 上城は身を起こすと、近くにあったティッシュボックスを引きよせた。起きあがろうとした陽向を制して、そのまま寝てろと言う。あとの世話を全部手ずからしてしまうと、着ていたものを綺麗に整えなおした。これ以上はもう、なにもするつもりはないらしかった。
「……すいません」
 ティッシュを数枚抜きだして、陽向にも手渡してくる。受け取って涙を拭い、洟もかんだ。みっともなく音をたててしまうと、上城が小さく笑う。そのせいで緊張がほどけて、場の空気がちょっと和んだ。
 陽向が落ち着くのを待って、上城は自分も床により添うように横になった。
 肘をついて、そこに自分の頭をのせる。並んでラグの上で寝転ぶ格好になると、陽向はほっと一息ついた。
「上城さんは」
 陽向が上城の方を向くと、相手は「うん?」というように、小さく唸る。
 近くにある端正な面差しは、いつもよりずっと優しげだった。だから、現実じゃないようでぼうっとなってしまった。
「……俺なんかの、一体どこがよかったんですか……」
 掠れた声で尋ねてみる。
 それは一番不思議に感じた点だった。自分のどこが気に入って誘いをかけてきたのか。こんな平凡で、面白味もないような男の。
「かわええところ」
 迷いなく答えてくる。
「……まさか」
 大人の男の人から、大人になった自分が言われていい言葉なのだろうか。疑うように口元をあげると、上城は笑みは保ったまま、けれど真面目に教えてきた。
「それから、勇気のあるところ」
「ええ?」
 俺がですか? と思わず声をあげる。上城はそれにも真剣に頷いてきた。
「初めて会ったとき、おまえ、畠山(はたけやま)らに怯まずに挑んでいっただろう」
「え?」
「おまえの股間、蹴りあげたストリート系の奴らのこと。あいつらのリーダー、畠山っていうんだ」
「……ああ」
 四人の中で一番年長で、たちの悪そうな顔つきだった男だ。彼がリーダーだったらしい。名前を知ってるということは、知りあいだったのか。多田の言っていたことが脳裏をよぎる。けれど、今は黙って話の続きを聞いた。
「ここで働いてるとああいった場面には時々出くわすんだけど、大抵、女の子が絡まれると、一緒にいる男はビビッてなにもできずに棒立ちになってるか、自分だけ逃げようとするかのどちらかなんだよ」
 そう言われて、陽向はあのとき自分はどうしようとしたか思いだそうとした。桐島が奴らに腕を掴まれて、それで確か無我夢中で、桐島だけは怪我させちゃいけないと思って……。
「おまえは畠山から彼女を守ろうと、必死になってあいつに掴みかかっていっただろ」
 そうだっただろうか。全然覚えていない。
「チビで弱そうな感じだったのに、ずいぶん根性あるなって思ってさ」
 口端をかるく持ちあげて、笑みの形にした。
「助けたあとも、だから、介抱してやろうって気になったんだよ」
「そうだったんですか」
 うん、と頷くと、陽向の顔をじっと眺めてくる。
「手当てしたのは、興味半分、慈善の気持ち半分」
 指をのばして、陽向の顎を親指で擦ってきた。
「けど、世話しようとしたら、急にエロっぽい声だして可愛い顔になるもんだから」
「……え?」
「全部興味になった」
 男らしい顔に、優しげな笑みが浮かぶ。想いを明らかにされて、陽向の胸はきゅっと押されたように痛んだ。けれどこれは、今までの上城のことを思って悩みながら痛めていたものとは大違いで、満たされすぎて幸せに圧迫された痛みだった。
「次の日、礼を言いにきたのには驚いたな。もうお宮通りには来ないだろうと思ってたから。それから通うようになってくれたのは嬉しかったけど」
 そこで、親指にちょっと力を込める。陽向の唇の下をグリグリと押すようにしてきた。
「いつも彼女と一緒で、しかもカウンターでいちゃいちゃ仲よく話してるし、彼女のことが好きなのかって訊いたら、好きだって答えやがるし」
「……」



                   目次     前頁へ<  >次頁