ゆるキャラ系 童貞男子の喰われ方 22


 そこにいたのは、この間、騒ぎを起こしたストリート系の男たちだった。道に広がって、なにやら内輪話で盛りあがっているようで煙草を吸いながら談笑している。
 その数は三人。畠山はいないようだった。
 いい気分がスッと抜けて、背筋に嫌な緊張が走リ抜ける。
 陽向は気づかれないように、そうっと脇を通り抜けようとした。
 そのとき、男らのひとりが陽向に気づいて隣の男に耳打ちした。言われた男が、ちらりと目をくれてくる。視界の隅に彼らの視線を感じながら、急ぎ足で通りすぎようとすると、後ろからいきなり肩を掴まれた。
「よお」
 振り向けば、野球帽を後前に被り、耳にはピアスの男が陽向の顔をのぞき込むようにしていた。顔にはいいものをつかまえた、という底意地の悪い笑みが貼りついている。
「あんた、どっかで見た顔だな」
 陽向の顔をじろじろと観察しながら、口元をあげた。
「ああ、見た顔だ。確か、畠山さんが見つけたらしらせろって言ってた奴だ」
「へええ。まじだ」
「おい、中にいる畠山さん呼んでこいよ」
 男が顎をしゃくると、ひとりがバーの中に入っていく。すぐに畠山を連れて戻ってきた。
 畠山は陽向を見ると、目を輝かせた。
「やあ、確かに昨日の奴だ」
「昨日もこいつに会ったんすか」
「上城と手ぇつないで歩いてやがった」
「へええ」
 男たちが陽向を取り囲むようにしてくる。陽向はなるべく穏やかな口調で頼んでみた。
「……急いでるんで、道、あけてもらえませんか」
 男らの肩越しに通りを歩く人が見える。けれど、影になっている陽向には誰も気づかぬようで素通りして行ってしまう。
「へえ。あんた、あいつのなんなの?」
 ひとりが距離をつめながら訊いてきた。太目のその男は威圧感が半端なかった。
「……友人ですけど」
 その答えに、男らがひゃははと笑う。
「あいつが両方いけるってこと、俺らだって知ってるんだぜ」
 なあ、と畠山に意味ありげに笑いかける。笑われた畠山が顔をしかめた。
「上城は、昔、畠山さんのオンナ横取りしやがったからな」
 男らは酔っているのか、なにかでハイになっているのか、へらへらしながら喋っている。けれど、目だけは据わっていた。
 まずいことに巻き込まれそうな予感がして、陽向はそっと後ずさろうとした。しかし男たちは背後も阻んできた。
「だからつまり、俺らもあいつのお仲間ってこと」
 太目の男が、陽向の肩に手を回す。引きよせて逃げられないようにしてから、自分らが立っていたバーの扉をあけた。
「だから、あんたもお仲間。どう? 一緒に楽しんでいかない?」
 無理矢理捕えられて、店内に連れ込まれてしまう。
「……ちょ、と待ってください。やめてください」
 身を捩って相手の腕から逃れようとすると、反対側から畠山に腕を拘束された。
「上城のオトモダチなら、あいつがどんなにひどい奴か教えてやろうか」
 畠山の言葉に男らが同調する。
「それがいいな。あいつの話なら聞きたいだろ?」
「……は、話?」
 抗う間もなく背中をぐいと押された。四人がかりで囲まれ逃げ道がなくなったまま、狭いバーに力ずくで引っ張り込まれる。
 陽向らが中に入ると、店内にいた男たちがいっせいに振り向いた。全員が男で女性はひとりもいない。カウンターには、中年の小太りのマスターらしき人がいた。助けを求めてそちらを見るが、マスターは嫌そうな顔をしただけだった。
「まあ、そんな怖がるなよ。別に今すぐ取って喰おうってんじゃない。上城の友達なら、俺らだって仲よくしたいだけなんだからさ」
 腕を掴まれ、店の奥まで連れていかれる。相手はプロのボクサーなので力では敵わない。おびえる陽向に、男らは面白そうに笑ってきた。畠山が顎で裏口を示す。
「マスター、裏、借りるぜ」
 カウンターの中に声をかけると、マスターと呼ばれた男が、厄介ごとは迷惑とばかりに顔をしかめた。
「汚さないでよ。はっちゃん」
 あんたら使い方荒いから、と文句を言う。男たちは馬鹿にするように笑い返した。周囲の客を見わたすと、彼らは陽向に同情と好奇の目を向けている。誰も助けるために動こうとはせず、おかしなことに、複数人に囲まれた陽向に、羨ましそうな眼差しを向けてくる者さえいた。
 それで陽向は、ここが普通のバーではないことに気がついた。
「……勘弁してください」
 腕を引いて逃げようとしたら、畠山に凄まれる。
「なに言ってんの。おまえあいつの友達なんだろ。だったらちょっと付きあえよ」
 陽向を引き摺るようにして裏口をあけると、暗くて短い廊下へと押し込んだ。奥には壊れかけたドアがふたつ並んでいる。そのうちのひとつをあけながら、畠山が陽向の腰に手を回してきた。
「このまえは悪かったな。大事なところを蹴りあげたりして。あれからどうなった? アレは潰れてなかったかよ?」
「……だ、大丈夫です」
「そうかい。そりゃよかった。心配してたんだぜ」
 畠山が、手をのばして股間をぎゅっと握ってきた。
「……っ」
 驚いて跳ねあがると、後ろに立っていた男に肩を押さえつけられた。
「可愛い声だしてんじゃねえよ。いいもん持ってるじゃねえか。で、あんたは上城とはもうヤっちまったのか?」
 下品な言い方で、上城との関係を尋ねてくる。鼻息がかかるほど間近でいやらしい笑みを浮かべる男から、陽向は目をそらした。
「あんたが上城のオンナなら教えといてやるよ。あいつは昔、俺の大切なオンナを無理矢理にかっさらってったことがあってだな」
「……」
「あの店の二階に隠して、ふたりでヤりまくってたんだよ。そのあと、上城はあいつに飽きたからって遠い場所に捨てに行ったんだ。俺はそれを聞いてだな。あいつのことぜってー許さないって決めたんだよ」
 陽向は黙って聞きながら、けれど相手の話は信じていなかった。こんな奴の言うことは信用してはいけない。多田のときもそうだった。噂は噂でしかない。真実から歪められて、都合のいいように変換されている。だから信頼できる人から聞いた話しか、アキラや、上城から教えてもらったことしか信じちゃいけない。
 けれど、そう思っていても身体は芯から震え始めた。この男は、どうしてこんな話を自分にしてくるのか。
「あいつはそういう男だよ。俺のこと、馬鹿にしきってるんだ」
「……そんなことないと思います」
 上城のことをひどく言われて、我慢ができずに陽向は囁いていた。
 畠山が自分のことをオンナと呼ぶのにも抵抗を感じた。自分は決して、オンナなんかじゃない。ちゃんと男だ。陽向の言葉に、畠山が眉をよせる。
「上城さんは、そんなこと、する人じゃありません」
 重ねて言えば、畠山の顔に怒りのせいなのか赤みがさしてきた。陽向は奥歯が鳴りそうになるのを懸命にこらえた。
「上城さんは、ナツキって人を、助けてあげたんだって聞きました」
 この男の言うことに、黙って頷いて、そうして頃あいを見て穏便に逃げる算段をすべきだったかもしれない。そうですね、と同調して機嫌を取って、無事に帰してもらえる方法を選ぶべきだったのかもしれない。今までの小心な自分だったらそうしていただろう。ハイハイと愛想笑いのひとつでもして、馴れあう道を選んでいた。
 けれど、上城の顔を思い浮かべると、たとえこの男に殴られても上城を裏切るような態度は取りたくなくなった。勇気があるところが好きだと言ってくれた彼に、軟弱な奴だと思われるのは嫌だった。
「へえ」
 畠山の双眸に、凶暴な陰りが走った。陽向の言うことに、ゆっくりと顎を引く。
「そう聞いてんのかよ。だったら話は早ええな。俺ら、ナツキがいなくなってからずいぶん、干あがってるんだ」
 畠山が陽向の腕を引いて、薄暗い部屋の奥へと連れ込もうとする。
「あいつを庇うってことはそれ相応の覚悟はできてるってことなんだろうな」
 陽向の背中を、他の男が押してきた。
「俺ら、あいつには世話になってんだよ。ここで商売できないのもあいつのせいで、マジむかついてんだよ」
「このまえ、邪魔された礼も、まだできてないんだよね」
 周りにいた男らも口々に不満を言いだす。陽向のやせ我慢も限界に達した。この状況をどうすればいいのかわからない。ただ殴られるだけで許してもらえるのだろうか。
「上城への借りを、あんたで返させてもらうわ」
 男のひとりが部屋の電気をつけた。せまい部屋の中には薄汚れた合皮のソファと簡易ベッドがおいてある。休憩室かなにかかと思ったところに、後ろから首に腕を回された。
「……うっ」
 羽織っていた薄手のジャケットをいきなり引っ張られて、腕の半分まで下ろされる。それで両手の自由がきかなくなってしまった。
「な、なに」
 男三人に押さえつけられ、逃げる間もなくベッドにうつ伏せにされる。
 畠山が陽向に顔を近づけてきた。



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