ゆるキャラ系 童貞男子の喰われ方 25(R18)


「ここで押し倒すわけにはいかない」
 蕩け始めた陽向の目をのぞき込んで、我慢が難しくなってきたというように渋い表情になった。陽向の両頬を挟んでいた手を離して、腰の下に回す。
「えっ」
 驚くと同時に、身体がくるりと後ろに反転した。足が床から浮きあがり、不安定な体勢に目を瞠る。気がついたら上城に横抱きにされていた。
「え? ええ? ちょっ……」
 慌てて相手の首に縋りつく。陽向を軽々と持ちあげた上城は、すたすたと廊下を歩きだした。リビングに入り、そこを突っ切って隣の部屋へと続く扉を足であける。
 奥の部屋は寝室らしかった。六畳ほどのフローリングは、他の部屋と同様に綺麗に片づけられていて、シングルベッド以外はなにもなく殺風景だった。
 けれど、窓だけは違っていた。
 通りに面した大きな窓には、古いデザインのすりガラスがはまっていた。氷をあらく削ったようなパターンはレトロな図柄で、そこからお宮通りの店の色とりどりの明かりが屈折して部屋に入りこんでいた。暗い部屋は不思議な色あいに包まれている。窓にはカーテンもかかっていたが、今はあけ放たれていた。
 上城は陽向をベッドまで運ぶと、そっと下ろして座らせた。上体を起こし、窓辺へと近づいてカーテンをしめようとする。しかし途中で思いなおしたようにその手をとめて、わずかのあいだ、外の明かりを眺めた。上城の横顔に、赤や青の光が瞬く。淡くおぼろな明かりが、シャープな顎のラインに映えていた。
 不意に、陽向はこの部屋に、ナツキという人は来たのだろうかと考えた。
 畠山は、上城とナツキという人が関係していたみたいに言っていた。そうしてアキラはしばらくの間、ここに彼を匿っていたと陽向に話した。もしかしたら、本当に上城とその人とはなにかがあったのかもしれない。けれどそれを本人に尋ねるのはためらわれた。過去の相手とのことを、今更とやかく問い質そうとするなんて男らしくない行為だ。
 上城はカーテンをあけたままにして、ベッドに戻ってきた。陽向の横に座ると、膝に組んだ手をおいて陽向を首を傾げるようにして見つめてくる。瞳には愛情があふれていた。
 陽向はなにか言おうと、口をあけた。けれど言葉はすぐには出てこない。
 喋ろうと思って、しかし出てきたのは思っていたのとは違う台詞だった。
「……ナツキさんって人も、この部屋に来たんですか」
 心の中に渦巻いていた疑問が、勝手に口をついて出てきてしまう。
 しまった、と思ったけれど遅かった。陽向の問いかけに上城が眉をひそめる。整った男らしい眉がきゅっとよせられるのを薄暗闇の中に認めて、陽向は言ってしまったことを後悔した。
「畠山になんか言われたんだな」
 なにを聞いてきたのか、わかっているという顔つきだった。
 陽向はもちろん、畠山の言ったことを信用していなかったし、万が一本当のことだったとしても、それでどうこう言うつもりはなかった。ただ胸の中にもやもやとしたものを抱えたまま、この先の時間をすごしたくなかった。だから、本当のことを知りたいだけだった。
「確かに、ナツキはここで一か月ほど暮らしていた。他に行く場所がなかったし、畠山に見つかると色々と面倒だから、外にもださないようにしてた」
 陽向は黙って頷いた。
「けれど、畠山が邪推するようなことはなにもない。あいつは嫉妬に駆られて、出まかせを言ってるだけだ」
 上城の真摯な眼差しに嘘はなかった。陽向は訊いてしまった自分が恥ずかしくなって、耳を赤くして俯いた。
 それを見た上城が、ふっと優しく笑ったのがわかった。まだアイスパックを握りしめていた陽向から、パックを受け取るとベッドの下の床におく。
「ナツキは男だったけど、外見はほとんど女だった。ひ弱で自分ひとりでは逃げきれなかったから、可哀想に思って助けただけだよ。俺は、弱い奴は趣味じゃない。根性のある、強い奴が好きなんだから。おまえみたいにさ」
 言われて、陽向は顔をあげた。自分だって根性があって強い男のわけじゃないのに。
「……俺、上城さんはわかってないかもしれないですけど、ホントは小心で臆病者ですよ」
 今まで見てきたならわかるだろう。陽向が流されやすくて、人の言いなりになりやすい性格だってことは。
「桐島に当て馬頼まれたときだって、優柔不断なことばっかりしてたじゃないですか」
 自嘲的な言い方だったかもしれない。あまり買いかぶられてしまうのも困るので、謙遜しようとしたらかえって素直ではない物言いになってしまった。
「そうじゃないだろ」
 けれど上城は、それにも笑っただけだった。
「臆病なんじゃない。優しいんだよ。だから、彼女の頼みも断れなかったんだろ」
「え……」
「本当に強い奴じゃないと、他人には優しくなれない。そういうもんだからさ」
 ――優しくて、強い。
 自分の性格をそんな風に評価してもらえるなんて思ってもみなかったから、陽向は目を見ひらいた。
 戸惑っていると、上城は全部わかってると言いたげに口元を綻ばせる。
「俺は最初に会ったときから、わかってた」
 上半身を傾けて、もう一度陽向の唇に触れてきた。
 ゆっくりと押しつけるようにして、それからかるく食んでくる。陽向の反応を待ちながら、やわらかく唇の先だけを刺激した。
 甘くて、ちょっとだけくすぐったい感触に、胸の奥からじわりとした感覚がやってくる。それは上城のことを考えたり、触れられたりしたときだけに感じる、切なくて痛い思いだった。
「……上城さん」
 呼びかけると、んん、と喉を鳴らすように答えられる。低くひびく声音に、耳の後ろから皮膚が粟立った。それが瞬く間に全身に広がっていく。
「……お、俺」
「うん」
「あのとき、上城さんに助けてもらえてよかった」
 相手の背に手を回して服を掴んだ。
「上城さんに出会えて、ホントよかった」
 唇を離した上城が、陽向の目をのぞき込むようにしてくる。嬉しいのに不安定に揺れてしまう虹彩を、じっと見つめてきた。
「俺もだよ」
 口端をかるく持ちあげ、精悍な容貌に愛情をあふれさせる。
 男らしさが引き立つ、優しげな笑顔だった。
 吐息が触れあう距離で、何度かキスを繰り返した。上城が舌を差し入れてくると、陽向はそれに応えようと、不器用ながらも懸命に絡ませた。上城は擦るように表面を撫で、それから愛おしむように舌先を行き来させてきた。
 キスが深くなる。知らない場所に踏み込んでいく感覚がくる。けれど決して嫌じゃなく、自分から深いところにダイブしていくような心地よさがあった。
 唇を離し、ため息をもらし、そうしてまた口づける。
 上城のことが好きだった。顔つきも、声も、自分より大人っぽいところも力強いところも全部。相手が陽向の肩に手を回して、ゆっくりとベッドに押し倒してきた。首元に唇を埋め、耳を噛まれて、ぞくぞくと電気が走ったように全身が痺れた。
「……ん」
 思わずか細い声がもれる。
「……ぁ、か、上城、さ……」
 首を竦めると、顎にも噛みつかれた。
 上城は上体を起こしながら、陽向のジャケットを脱がしにかかった。上着を床に放り投げて、下に着ていたシャツのボタンも外していく。シャツを肌蹴けて素肌をさらされれば、待ちかねたように胸元に喰らいついてきた。
「ぁ、は……」
 小さく尖った胸に、熱い舌が押し当てられる。舐められ、吸われて、腰が跳ねるほど感じさせられた。 大きな手のひらで脇腹を撫でまわされ、皮膚のどこもかしこもがおかしくなったように敏感になっていく。コットンパンツの中で下肢が変化していくのがわかる。そのやるせなさに、理性も崩れた。
「上城さん……、ぁ……」
 甘く重くなっていく腰のあたりを蠢かす。ねだるような声を抑えることができなくなった。
「その顔」
 上城が陽向の表情を見あげてくる。
「……え」
「おまえのその蕩けたような顔が、すげー好き」
 自分がどんな顔をしているのかなんて全然わからない。けれど、好きと言われて頬に熱が昇った。
 上城が手をのばして、陽向のコットンパンツのベルトに手をかける。ガチャガチャと音をたててバックルをまさぐった。はやる手つきに、身体は勝手に快感を予期して奮えだす。
 もどかしそうにコットンパンツのまえをあけると陽向のものはもう、熱を持って上向いていた。上城がボクサーパンツの上から手探りで形を確認して、ゆっくりと絞るように撫でてくる。
「……あ、ぁ」
 陽向の反応を見ながら、さらに濃厚に刺激してきた。下着の上からのゆるい感覚に、腰が揺れる。



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