ゆるキャラ系 童貞男子の喰われ方 番外編 01


※この話は本編終了後の後日談となります。
 本編のネタバレを含みますので、ご注意ください。




****************************
『番外編 バレンタインSS』


 二月十二日。バレンタインデー二日前。
 陽向はショッピングセンターのバレンタイン特設コーナーの前で、陳列されたチョコレートをじっと見ていた。
 赤や黄色のカラフルな箱がショーケースに並び、中に一個づつ可愛らしく形作られたチョコが収まっている。
「バレンタインかー」
 二月十四日の愛の誓いの日は、今まで生きてきてそれほど縁のあるイベントではなかった。もらったのは母やクラスメイトからの義理チョコぐらいだ。
 けれど、今年は違う。
「だって、デキちゃったんだもんな」
 ふっ、と口端がゆるんで、デレた顔になった。横にいたOL風のお姉さんが怪訝な表情になる。
「お」
 慌てて顔をひきしめた。チョコを貰えるんじゃないかと期待してるモテない男に見られたのかもしれない。
「でも、違うんですよ」
 と、口の中だけで呟く。そうしてまた笑いそうになって口元に力を入れた。
 今年は違うんですよ。俺、すっごいカッコいい彼氏ができたんです。で、その人にチョコなんか渡しちゃおうかな、とか、考えてるんですよ、と、心の中で隣のお姉さんに話しかける。
 昨年の秋に、思いがけず両想いとなった相手は、駅裏にある『ZION(ザイオン)』というバーのバーテンダーだった。背が高くイケメンで、元はボクシング選手。その人に憧れて自分もボクシングを始めた。
 もともと運動がさほど得意ではなかった陽向は、上達はおそく『腰が引けてる』と毎回トレーナーに注意されるけれど、 鏡の前にグローブをかまえて立つ姿だけは様になりつつある。上城ともいつも一緒に練習したりランニングをしたりしていた。
「お世話になっているお礼に」
 高級なチョコでも贈ろうか。などと考えてコーナーを歩いていたら、手作り用のブースにいつの間にかきていた。
「手作りかー」
 そういえば、上城は陽向が彼の家に泊まりに行くときは必ず手作りの料理を出してくれる。ボクサーとしての体つくりを考えて、そしてひとり暮らしの陽向の健康も考慮して、バランスの取れたヘルシーな料理を並べてくれる。父親が料理上手だったらしく、それを継いだ彼の腕前もなかなかのものだった。
「手作りね」
 陽向自身は料理はあまりしない。自宅マンションで、レトルトカレーやパスタを茹でてソースをかけるぐらいしかしたことがない。
 けれど、製菓材料が並んだ棚を見ていたら「いっちょ、俺もやってみるか?」という気になってきた。
「愛情こもった手作りチョコあげちゃう?」
 スマホを取りだし、手作りチョコと検索してみる。作り方はいくらでも載っていた。『簡単! 初心者でもできるめちゃうまチョコレートケーキ』というタイトルがついている。
 チョコレートとか溶かして混ぜるぐらいだろ、と簡単に考えた。ケーキにしたって材料混ぜて焼くだけだろ、とか。さいわい自宅のレンジにはオーブン機能もある。トーストにしか使ったことないけれど。
「よし。作ってみよう」
 それが甘すぎる考えだと、気づくのにさほど時間はかからなかった。



『ねね、ちょっと悪いけど、聞きたいことあって』
 陽向は自宅マンションの狭い台所で、スマホのメッセージアプリを起動した。
『なに?』
 桐島にメッセージを送ると、すぐにリアクションが返ってくる。彼女はいつも困ったときには心強い相談相手だった。
『ガナッシュケーキの作り方知りたくて』
『は?』
 字面だけで桐島の驚いた顔が見えるような気がする。『いきなりどした?』と続けて返事がきた。
『いやちょっと、作ることになって』
 既読後、しばし待たされる。
『なに? もらえるって誰かに見栄はっちゃった? あたし当日あげるよ? 義理だけど』
『いや、違います』
 説明はいつかします、今はできないけどちょっと複雑な事情があって、と伝えると飲み込みのいい彼女はすぐ理解してくれた。
『いいよ。ガナッシュケーキなら作ったことあるし。何わからないの』
 陽向はシンクについた小さな作業台に並べた卵や砂糖や小麦粉を見おろしつつ、文字を打ちこんだ。
『たまごしろ、てなんすか』
『たまごしろ?』
 また沈黙。
『卵白のことか!』
『ああ、それ』
『そこから!』
 すんません、初心者なもので、と返す。
『あとさ、うえしろとうってさ、これはなに』
『上白糖ですね』
『あ、そうすか』
『てか、レシピあんの?』
『あ、送る。これ作ろうかと思って』
 陽向はさっき見つけた、投稿型料理サイトの簡単レシピのURLを送った。桐島はスマホに文章を打ち込むのが異様に早い。すぐに反応がくる。
『あー。これやめといたほうがいい。こういうのときどき地雷あるから。お菓子はプロのレシピ使いな』
『なんで料理サイトに地雷が埋まってるの……』
 意味が分かりません。
『ちょっとまって、ほら、こっちの方がいいよ』
 と、別のレシピを送ってくれる。そっちはプロのブログだった。
『ありがとう、じゃあ、これでやってみるよ。で、どうしよう俺、うすじからこは買ってないや。なにこれ』
『薄力粉やなそれは』
 カピパラがやれやれとため息をついているスタンプが出てくる。 
『小麦粉には三種類あって、含まれるグルテンの量の違いによって薄力粉、中力粉、強力粉に分けられるの。買ってきた小麦粉に薄力粉って書いてあればおっけ』
 手元の小麦粉は製菓用薄力粉と書いてあった。
『薄力粉だった。てかさ、どうせ使うんだったらそのグルテン多めの強力粉の方がいいんじゃね? 俺、初心者だし』
『なんでよ』
『だって、こっちの方が強そうじゃん』
 強い方が料理レベルが高くなれる気がする。
『ボクシングじゃねーし!』
 カピパラがツッコミを入れてきた。



 二月十四日。午前二時。
 いつものように学校帰りにザイオンを訪問し、店に顔を出した後、二階の部屋にあがって上城がやってくるのを待っていた。
 通学用バッグの横には、紙袋に入れられた手作りガナッシュケーキ。あの後、陽向は大苦戦しながら何とかケーキを焼きあげた。人生初のチョコレートケーキ。それは宇宙から落下してきた隕石みたいな代物だった。
「……」
 焼きあがったケーキを見た時はどうしようかと思ったが、包丁で端を切って食べてみれば普通に美味しかった。
「だよな、食べられるもので作ってるんだから」
 五センチ角ぐらいに切り分けて、いそいそとひとつずつラッピングして飾りつければ、見栄えもそれなりになる。
「うし」
 出来あがったそれを紙袋にいっぱい詰めて、上城がどんな顔をして受け取ってくれるかな、とワクワクしながら翌日家をでた。
 学校で、お礼にとひとつ桐島にあげれば、「あ、ちゃんとおいしいよ」と食べて感想をくれる。
「てか、なんでいきなり手作り?」
 と、やっぱり理由を問われた。
「今度、きちんと話すよ」
 桐島にはまだ、上城と付き合いだしたことを伝えていない。言わなきゃならないかなと思いつつ、どうしても踏ん切りがつかないのだった。
「上城さん?」
「ふえ?」
「上城さんにあげるんでしょ?」
 ケーキをもぐもぐ頬張りながら、ケロッとした顔で言われた。
「なんで知ってるの」
 こっちは目をむいて見つめ返すしかない。
「あたし、前に、上城さんに告ってフラれたじゃん。その時に理由を聞いたの。そしたら好きな子がいるからって言われたの。その子のこと、大事にしてるから、誰にも言わずに内緒にしてるけどって」
「……」
「でもザイオン行けば、最近はたいてい陽向いるし、横で見てりゃふたりでこっそりラブラブしてるし。あーそういうことかって納得」
「まじっすか」
「だから上城さん、どんな美人が寄ってってもなびかなかったのね。わたしでも無理なわけだわーって納得」
 さりげなく自分は美人と認めているところが桐島だが、彼女は確かにきれいだから陽向もうんうんと頷いた。
「……ごめん、黙ってて」
「いいよ、言えないよね、そんな簡単には」
 気にしないで、と笑って肩をすくめる。
「それにあたしも最近、アキラさんと付き合いだしたし」
「え、まじ」
「うん。彼すごくいい人。優しいし気配りあるし」
「そうなんだ」
「あたしのことお姫様か女王様かってくらい、大事にしてくれんの」
 ふふ、と笑う顔は相変わらずの小悪魔だった。もしかしたら、アキラは将を変えただけで、まだ馬のままなのかもしれない。
「だから気にしないで。お互い幸せになろうね」
 そういって、彼女は紙袋に手を突っこみ、もう一個ケーキを奪っていったのだった。



                   目次     前頁へ<  >次頁