彩風に、たかく翼ひろげて 10(R18)


「川向うは、蛇定が戻ってからひどく物騒になってるな」
 客がいなくなった部屋で、迅鷹が亮と話をしている。
「夜は表通りも、まともに歩けないそうです」
「ひでえ話だ」
 憎々し気に顔をしかめあう。
「跡目の蛇定が力ずくで縄張りを広げにかかろうとして、あちこちで衝突を起こしてるらしいとも聞いてます」
「そのうちこっちにも必ず仕かけてくるだろうな」
「赤尾も土建業を営んでますからね。今回の堤防工事もうちに取られて、蛇定は頭から湯気立ててるってえ話ですよ」
「警察が捕まえてくれりゃあいいが、今の警察署長は博徒の小競りあいには手をだしたがらねえしな。蛇定の野郎は、ずる賢く逃げ回って監獄送りを免れてやがる」
「賄賂で取りこんでいるって噂もありますしね」
 むう、と迅鷹が唸る。
「こっちは七年、あいつがまた鶴伏にあらわれるのをじっと待っていたんだ。できることなら今すぐにでも突っ走ってって仕留めてやりてえが」
 迅鷹の目に復讐の焔が生じる。それをなだめるように、亮が言った。
「親分、まずは、堤防工事を終わらせてからです。赤尾退治はその次ですよ。お上からの大仕事ですから、これをきっちりこなさないとうちにも金が入りません。俺ら皆、おまんま食いあげになってしまいます」
 それに迅鷹は不満そうな顔を見せた。
「俺は赤尾組との全面戦争を考えてるわけじゃねえ。親父は赤尾の連中に襲われたが、あの件は赤尾の親分と手打ちをしている。向こうも子分が何人も死んだしな。けれど、逃げた蛇定だけは別だ。あいつについちゃあ、赤尾の親分からも見つけ次第、こっちの好きにしていいという了承を得ている。俺の獲物は蛇定だけだ」
「それでも、奴は赤尾の子分も動かしましょう」
 亮が今は待って欲しいと念をおす。それに迅鷹がため息をついた。
「蛇定が戻ってくると分かってりゃあ、入札も考えたんだがなぁ」
 迅鷹が亮との言いあいにあきらめて机に戻る。ふと、目線を移して、入口にいる隼珠を見つけると、目元を和らげた。
「戻ったか」
「へい」
 隼珠は頭をさげた。迅鷹が手招きしたのでそばに行く。
「今日はもう仕事はしまいだ。初日にしてはよく働いたな。腕は痛くないか?」
 と言って、肩に手をかけてきた。
 触れられて、そこが粟立つように反応する。隼珠が戸惑うのに構わず、迅鷹は顔をよせてきた。
「今夜も俺の部屋にこい」
 意味深に言うものだから、亮や、部屋にいた数人の子分らが奇妙な顔をした。
「い、いえ、も、もう、大丈夫です。もう、腕は痛くないから、あの、世話になる必要はないっす」
 慌てて迅鷹の手から逃げて、遠慮する。
「なんだ。俺の按摩(あんま)がいやなのか?」
「そ、そんな、めっそうもない。もったいないことです」
「構うこたねえ。昨日の按摩は効いただろう」
「へ、へい」
 確かに、言われてみれば今朝は肩がかるかった。それに、いつもなら夕刻には疲れがたまって首筋にまで痺れがくるのに、今日はそれがない。迅鷹の治療は効果があったのだ。
「どっちにしろ、今は離れに空きの部屋はない。お前の寝場所は俺の部屋だ」
 部屋がなくとも、隼珠は土間でも軒下でも寝ることができる。昔は野宿が普通だったのだ。
 子分らが、どういうことかと不思議そうに見てくるのが居たたまれない。けれど、迅鷹は気にしていない様子だった。
「来なかったら仕置きだ。わかったな」
「……」
 返事も忘れて相手を見返す。迅鷹は口の端を持ちあげて、親分の威厳でそれ以上は言わせなかった。
 仕方なく夕食と風呂をすませたあと、迅鷹の寝室へ向かう。
「隼珠です」
 障子の前に座って声をかければ、中から「入れ」と答えられた。おずおずと障子をひらくと、今日も布団は敷かれていて、寝間着用の浴衣を着た迅鷹が横であぐらをかいていた。ランプの光が、迅鷹の横顔を照らしている。その端正な容姿に、見惚れそうになって目を伏せた。
「脱いで、ここに寝ろ。昨日みたいに」
「……へい」
 逆らえる立場ではないから、言われた通りに着物を脱ぐ。下帯一枚になって、布団にうつ伏せた。昨夜と同じくハッカの入った薬を塗られ、肩から腕へとなでられる。すると熱がすうッと引いていった。もまれれば、こり固まった部分がやわらかくほぐれていく。なんとも言えない心地よさに包まれた。迅鷹の大きな手のひらに押されてこねられて、皮膚の内側に新たな血が送りこまれていくのがわかる。
「細せえ身体だな」
「……」
 役立たずと言われた気がした。
「けど、筋力はありそうだ」
 褒められて嬉しくなる。落ち込みそうだった気分が一気にたかぶった。しかし隼珠は言葉上手ではないから、こんなとき気のきいた返しができない。だから、黙ってされるがままにしておいた。
 やがて手は背中から、脇腹へと回されていった。ハッカの薬は、塗ったときは冷たいが、しばらくすると熱を持ちだして、じんじんと火であぶられたような痛痒さを生みだしてくる。隼珠の身体は、迅鷹の手が触れた部分だけ火照ってきた。大きくて力強い手が肌の上を這いまわり、脇や腰の弱い所を刺激する。
「……ん」
 知らず、感じ入った声が出てしまった。
押し殺しても、キュッともまれれば反射的に「んっ」と反応してしまう。むきだしの尻がひくりと持ちあがった。それに頭上から笑みがもらされた。
「かわええ声をだしやがって」
 からかう声音に顔が赤くなる。隼珠は唇を引き結んで堪えようとしたが、迅鷹は指先に力をこめた。
「あっ」
 痛くはないが、くすぐったい。それにピクンと下肢が跳ねた。指の腹でツボを狙われ、皮下を練るようにされると神経が甘く疼きだす。
「ゃ……っ」
 あり得ないことに、あり得ない場所が呼応する。血の巡りがよくなったせいか、それともむずかゆさがそこに伝わったのか。
「あんまり可愛い声をだすなよ。俺は男でもその気になる性質だからな」
「……」
 それはどういうことだろうか。この人は、隼珠の肉の薄い身体にも欲情するということか。考えると肌はさらに熱を帯びた。
「気持ちええか?」
 低く艶のある声で問われる。それにも性感を覚えてしまう。自分の変化に隼珠は怖くなった。世話になっている親分さんの手で男を大きくしてしまうなんて、恩知らずも甚だしい。けれどこらえようとすればするほど、股間のものは育っていってしまう。
「も、もう、……」
「なんだ?」
 泣き声になった隼珠に、迅鷹は耳をよせてきた。
「もぅ……、じゅう、ぶん……です、鷹、さ……」
 喘いでしまうと、迅鷹がひたりと手をとめる。それまでは治療のための動きだったのが、急に動作を変えてきた。まるで愛おしむように肌に手を滑らせる。
「――あ」
 我慢がきかなくなったのは、その瞬間だった。隼珠は頭をあげて痙攣した。びくびくと腰が震えて、精を弾かせてしまう。快感などなかった。ほとんど痛みに近かった。



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