エンジェルを抱きしめる 28(R18)


「えっ」
 急に身体が浮き上がり、怖くなって、相手の首にしがみつく。
「どこいくの?」
「仲直りしよう」
「え……」
 相手の顔をのぞきこむと、額をくっつけるようにして顔を近づけられる。
「琳は俺とずっと仲直りしたかった?」
「うん、――もちろん」
「俺もだよ」
 敲惺は琳を立て抱きでかかえあげると、寝室まで運び込んだ。
 そういえば、まえに琳が泣いてしまったときも、こうやってソファまで運んでくれた。琳だって小柄だが、それなりに体重はある。
 このドラマーは、もしかしたらジムなどに通って相当鍛えているのかもしれない。二の腕の硬さも、服を脱いだときの腹筋も、遊んでいてはできない造形を保っていた。 
 寝室のドアを片手で器用にあけると、敲惺は琳をベッドの上にそっとおろした。
 もう一度、前髪に口づけてくる。入り口まで戻ると、こちらを振り返って琳の様子を確かめて、それから鍵をかけた。ベッドまでくると片足だけを放り出すように乗せて、琳の傍に座る。その拍子にスプリングがかるく軋んだ。
 琳は、昨日からちゃんと伝えねばならないと決めていたことを、改めて口にした。 
「敲惺、おれさ」
「うん?」
 小首を傾げるようにして、のぞき込んでくる。その表情は穏やかで、けれど思慮深げだった。
「おれも、敲惺のこと、すごい好きだから」
「ん」
 見つめる瞳は、瞼が重たげに下がっていて、それで余計に優しげな印象になる。
 目鼻立ちははっきりしているのに、こんな時の敲惺の顔つきはただ甘くて、包容力があって、全部まかせてその温かい腕により添いたくなる。
 本当は好きなんかとっくに通り越してしまっていて、琳だって、同じように愛していたけれど、それを言葉にするのは気恥ずかしかった。だから、精一杯の言葉で、すごく好きと伝えたのだった。
 相手にもそれはちゃんと届いていたのだろう、敲惺は嬉しそうに微笑んで、「俺もすごく好き」と応えてくれた。
 琳のほうから近よっていって、敲惺の唇にキスをする。触れるだけのそれでも、自分からなんて、慣れていないからやっぱり恥ずかしかった。それでも、仲直りを提案したのは自分からなんだし、やり直したいという気持ちを素直に表したかった。
 敲惺の手が、琳の両頬をはさみ込む。少し尖らせた唇に、今度は敲惺が軽く口づけてきた。やわらかくて、まだ湿っぽくないキスは愛情のみで屈託がない。それを何度かお互いに繰り返し、やっと敲惺は、琳の上着に手をかけてきた。
 琳のネルシャツのボタンを外して脱がせ、下に着ていたТシャツも首から抜き去る。そうしてから、自分の上着も手早く取り去った。
 琳が敲惺の肩に手をかけると、相手の熱を含んだ手のひらが身体を弄りはじめた。背中から、脇から、胸へと続いて小さな乳首を探り当てると指先で玩ぶ。
 琳が身を捩ると、追いかけてまた軽く抓りあげる。痛くはなかった。どんな加減で触れば気持ちよくなるのか、敲惺はもうよく知っている。
「んん……」
 小さく抗議すれば、キスしたままの敲惺の口元が笑う。
 唇を離して、「どうして欲しい?」と聞いてくる。
「ぜんぶ」
「ん?」
「ぜんぶしよう」
 Uhu-unと敲惺が頷く。笑みが消えて、真摯な表情になった。
 ふたりは今まで、最後までしたことがなかった。何度かトライしたけれど、琳が途中で怖がって止めてしまっていたから、そのままになっていて、そのことがいつも心残りになっていた。
 自分ばっかりいい気持ちにしてもらって、相手には十分に返せていない。敲惺は気にしていないようだったけれど、琳はやっぱり恋人同士になったのだし、望むことをしてあげたかった。
 琳が膝立ちになって自分でボトムのファスナーをあけると、横から敲惺が手を差し入れてくる。そのまま下着ごと、穿いていたものを腿のあたりまで摺り下げた。露になった琳の小ぶりの尻を大きな手のひらが包み込んでやわく揉み上げる。
「あ……」
 自然と吐息のような声がもれた。
 敲惺が琳の胸にキスしながら、ゆっくりとシーツの上に押し倒す。相手の手でボトムをすべて剥ぎ取られた琳は、仰向けの状態で少年のような肢体を晒した。足元で膝立ちになった敲惺が、自分のデニムパンツの前をくつろげながらそれを見下ろす。
 裸体になったドラマーの、ブロンズがかった肌の色と整った体つきは精緻な彫刻のようで、日常からかけ離れていく感覚を呼び起こした。その姿は、ベッドサイドライトのオレンジの淡い光の中、現実感を失くし一枚の画(え)のようになって浮かび上がる。敲惺が着ていたものを全部なくすとそれはもっと顕著になり、琳は夢うつつに落ちていくように、自分にのしかかってくる重みを受け止めた。
 抱き合って唇を重ねていると、互いの息も荒くなりはじめ、鼻にかかったような声が洩れ出でる。
 敲惺はキスを繰り返しながら、片手を伸ばしてサイドボードのひきだしをあけて、手探りで中をかき回した。目当てのものを見つけると、それを取り出しベッドに放り出す。
 シングルベッドが二人分の重さでひどく揺れ、悲鳴のような音を立てた。きっとそのうち底が抜けてしまうかもしれない。それでもかまわず、敲惺は琳の身体中に噛みつくようなキスを落としてきた。くすぐったいのと、心地よいのが混ざり合って、琳は猫が鳴くような声を上げてそれから逃げようとした。
 敲惺が琳のわき腹に手を差し入れて、うつ伏せに体勢を変えさせる。背中に舐めるようなキスを施しながら、手にしたチューブからゆるい水飴のような液体を絞り出した。
 それを指と手のひらに馴染ませて、琳の尾てい骨から下に触れてくる。
「あ……ん、んっ」
 琳は手にしていた枕を抱え込んで、目をきゅっと閉じた。
 温かくて厚みのある指が狭間を降りてやわい部分にさしかかる。そのまま筋をたどって前まで滑ってゆき、緊張して少し強張った嚢のつけ根までゆっくりと揉みほぐしてきた。
「んん……」
 焦らされるような感触に、思わず腰がもち上がる。
 背骨に沿って舌をあてながら、敲惺はするりと身体の中に指を入れてきた。慣れた仕草でそのまま奥まで差し入れる。濡れて動きやすくなった指は音をたてながら、さらに数を増やして好きなように蠢き出した。
 そのせいで顎が持ち上がり、ひっきりなしに喘ぎ声があがる。
「琳……、めちゃくちゃ可愛い……」
「えっ、ああっ、あっ、……あぁっ」
 指先が感じる場所を探り当てて圧迫してくると、もう、どうしていいのかわからないくらい感じてしまって、首を横に振って、もう止めてと懇願するしかなくなった。
「もう、もうっ……だめっ、あ、あっ」
 また自分だけ達ってしまう。今日はそれは嫌だ。
「ひとりで達くの……いやだっ」
 呻きながら頼み込むと、敲惺が手を動かすのを止めた。その指を琳の下肢から引き抜いて、うつ伏せていた身体をもとのように返して、自分と向き合うようにする。
「琳の様子、見ながらしたい」
 そう言って個装フィルムを歯を使ってあけながら、琳の両足をひらいて間に膝立ちになった。
「怖い?」
 真面目な顔で訊いてくる。しかし身体から突き出た徴は、もう後には退けないといっている。
「……怖くない」
 一片の角のように硬くそそり立ったものに手を加えながら、敲惺は琳を見下ろしてきた。
 瞳にはもう欲望しか映っていない。はっきり言えば怖かった。けれど、それを凌ぐ欲求が琳の中にもあった。
 両手を伸ばして相手を請えば、敲惺は片頬をゆがめるようにして笑った。
 少しだけ困ったような笑い方だった。



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