エンジェルを抱きしめる 29(R18)


 琳が眼差しで先を促すと、敲惺が上体を倒してきたので、その首に自分の両手を回して引きよせた。
「あ……」
 触れてきたのは、いつもより熱い塊だった。それがすぐに、ぐっと深くまで挿し込まれてくる。
「あっ、ああっ……」
 掴んだ腕に力を込めて、細い肢体に襲いかかる嵐に耐えた。
 いつもなら琳の表情を窺いながら、眉根が少しでもよせられたら途中でも動きを止めるのに、今日の敲惺はそうではなかった。先を急ぐようにして、腰に力を入れてくる。今まで何度か慣らすために敲惺を少しずつ受け入れてきていたから、いきなり痛みに見舞われることはなかったけれど、やはり圧迫感は半端なく強かった。
 声も出ないくらい大きく貫かれて、琳は下半身を震わせながら、その感覚がおさまるのを待った。滑るような感覚の中、やがて相手が動きを止める。
 琳の首元にうつ伏せていた顔を上げて、肩を上下させてきた。
「っ、あっ……」
 敲惺が、苦しげに喘いだ。
「琳、だめだ。――俺、もう死にそう」
 眉間に皺をよせて、訴えるように呟く。
「おれも……」
 敲惺の下生えが皮膚に触れているのが感じられた。
 それで、行き着くところまで行ったんだとわかった。
「痛い?」
「大丈夫」
 安心させるように、敲惺の頬に唇を押しつけた。それに相手はつらそうに、――ああ、とまた息を吐いた。
 大きく口をあけて、たまらないというように何度か声を出しながら呼吸する。
「――琳、もう、動いていい?」
「ん」
 キスしながら答えると、待ちかねたように、ゆっくりと、しなやかに波打つようにして相手が動きはじめた。その痺れるような感覚に身を任せる。痛くはなかった。揺さぶられて、撫でられ擦られて、身体の奥から燃えるような昂奮が沸き立ってくる。
 敲惺の腰に自分の足を絡めて、それをもっと、と追い求めた。
「琳」
 呼ばれて、陶然とした瞳で見上げる。琳が痛みを感じていないのが分かると、敲惺はさらに力強く腰を入れ込んできた。
 それが、いきなり、たまらなく感じる場所を抉ってきた。
「あっ、ああっ、あ――」
 身を撓らせて、相手の首に縋りつく。逃げ場のない激しい悦楽に、腿がひくひくと引きつれた。
「あ、あっ、そこ、だめえっ……」
「ここ?」
「ん、んんっ、ああ、それ、それだめ……って――」
「ん、わかった」
 それでやめてくれるのかと思ったら、さらに情熱的にそこばかり煽ってくる。
「敲惺、だめだってば、ああ、だめって、……言って、るの、に――」
 いやだ、達くから、だめだって、と声を上げて懇願しても、その手を止めてくれなかった。
「ああっ、ああっ、あ、達く、イく、ダメ……」
 甘い泣き声を滴らせ、琳はふたりの腹に挟まれていた自身の熱を解き放った。
「ああ……っ、あ、……ん、んんっ」
 余韻に震える身体を抱きこんで、敲惺が髪や額に宥めるような口づけをしてくる。
「琳……もう少し」
「ん……」
「我慢して、俺、も――」
 言いながら声を押し殺すようにして、限界まで深々と挿し込んだ。その拍子に、大きく息を吐く。繋がった部分から低く痙攣するのが伝わってきて、それで敲惺もやっと果てたのだとわかった。
 頽れるようにして、敲惺が琳の上に重なってきた。琳に体重をかけないように肘をついて、荒く息を継ぐ。部屋は寒いはずなのに、ふたりとも全身に汗を滲ませていた。
 敲惺がゆっくりと身を引いて、琳から離れると、身体の一部が失われていくような感触に琳は下肢を震わせた。目をとじてその心許なさに眉根をよせると、敲惺は心配げにそれを見てきた。
 横に移った敲惺が、琳の乱れた前髪を梳いて、額にキスをしてくる。琳はまだ収まらない鼓動がつらくて、小さく深呼吸をしていた。
「どうしようかと思った」
「え……?」
「途中で琳を傷つけたらどうしようかって……止められそうになかったから」
「大丈夫だったよ」
 何度か瞬きをしながら答えると、「よかった」と薄明かりの中、相手は安心して微笑んだ。
 琳は手をのばして、笑みを刻んだ頬にそっと触れた。敲惺がその手を取り、指の背にきつく唇を押しあててくる。琳の瞳を見つめながら、少年のようにはにかんだ。
 その夜はずっとふたり抱き合って眠った。久しぶりの優しい腕の感触に、琳は疲れもあってか夢も見ないほどぐっすり朝まで眠りに落ちた。
 敲惺も同じだったようで、途中でお互い目を覚ますこともなかった。



 琳はいつも敲惺が泊まりにくるときは、玄関のチェーンを忘れずにかけている。
 敲惺もそれは気にしているようで、琳の部屋に入ってくるときはきちんとかける。寝室の鍵は絶対に忘れないようにしていたし、二重のロックで、ふたりきりのときは誰も部屋には入れないはずだった。
 けれど、昨日はお互いそのことを忘れていた。
 仲直りする流れのなかで、それどころではなかったし、チェーンのことはそのあともすっかり忘れていた。  
 夜半過ぎに、琳のスマホに高之からメッセージが届いていた。次の日の実習に必要な教科書を琳の部屋に忘れていたので、『明日の朝、取りに寄る』と書かれていた。琳はそれにも気づかなかった。
 翌朝、先に目覚めたのは敲惺で、隣でまだまどろんでいた琳に、いたずらっぽいじゃれあいを仕掛けてきた。琳がそれに笑いながら応えたので、しばらくはふたりの甘いため息や、恋人同士のささやきがドアの外に洩れていたかもしれない。
 やがて敲惺が、それにも飽きてシャワーを浴びるために起き上がった。琳もおいでと言われて、重くてだるい身体をシーツの中で身じろがせた。上半身だけやっとの思いで持ち上げて、敲惺に続いてベッドから降りようと片足を床に下ろす。ふたりとも全裸で、敲惺は部屋の鍵を外してノブに手をかけた。
 カチャリ、と音をたててドアがあく。その先のリビングに、立っている人物がいた。
 敲惺は、ドアの前に立っていた相手に、動じることなく片眉だけを持ち上げて見せた。大きく開いたドアの隙間から、誰か人がそこにいることだけは琳にもすぐわかった。
 瞬間、琳は冷水を浴びせられたように身体が固まって、動けなくなってしまった。
 敲惺が、小首を傾げて相手を見おろす。寝室の前に、いつからか分からないが立ち続けていたらしいその人物は、一歩、前に踏み出した。リビングから入り込む影が、その動きを琳に教えてくる。
 向かい合うふたりは、しばしの間、睨み合っていたようだった。



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