白金狼と、拾われた小犬の花嫁 08


◇◇◇


「王様は目が悪いのかなあ」
 回廊を歩きながら、ララレルがぼやく。
「まさか」
「じゃあ、運命の番効果で、視界が歪んでるんだな。だって、お前のことだって、いっつも可愛い可愛いって連発してるし。この僕を前にしてあり得ないよ」
「そうだねえ」
 ロンロは納得して頷いた。
「お前さ、毎日、王様とガッツリエッチしてるけどさ、勘ちがいしちゃいけないんだぞ」
「何が?」
 ロンロが小さな頭を傾げてきく。
「王様がお前を可愛がるのは、お前が運命の番だからなんだ。だから、貧相で不細工でも結婚したいと思っちゃうんだぞ。もしも、俺が運命の番だったら、王様は俺にメロメロなんだからな」
「うん、……そうだね」
 ララレルの言葉に、ちょっと傷つく。
「お前なんて、運命のオメガじゃなかったら、すぐに捨てられちゃうんだからな」
「うん、ちゃんとわかってるよ」
「ならよし」
 今日はあいた時間に暇をもてあまし、ふたりで城内の散歩に出ていた。部屋の中だけにとじこもっていると息がつまる。犬とはいつも、どこかを走り回って遊びたいという欲求を抱えているものだ。
 中庭をひとしきりふたりで駆け回って、満足して部屋に戻ろうとしていたら、離れた場所から大きな声が聞こえてきた。
「そんな馬鹿げた要求など、のめるはずがないだろう!」
 怒鳴っているのは、グラングのようだった。ふたりはとっさに大きな石造りの柱の陰に隠れた。横からそっと、声のするほうを見渡す。
 回廊の先で、大広間の扉があいて中から王と家臣らが出てきた。
「陛下。落ち着いて下さい。これは、陛下のための提案なのです。そして、この王国のための最善策なのです」
「王妃はロンロだ。それ以外は認めん」
「運命の番が、妃にならねばならないという決まりはありません」
 グラングと言い争っているのは、禿げかけた薄い銀髪に銀色の耳の、恰幅のよい壮年の狼族だった。贅沢に刺繍のほどこされた上衣と、その下に長衣を着ている。首からは玉石のたくさんついた首飾りをさげていた。先端に女神像のついた杖を手にしている。
「司教であるお前が、決めることではない」
 グラングが歯を剥く。すると怒りからか、顔だけ狼に変化した。王の獣化に、周囲にいた家臣らが後ずさる。いきなりの変身は彼の怒りの大きさを表していた。
「教会は、あの雑種犬を妃と認めることはできません」
 しかし司教と呼ばれた男も、一歩も引かない。耳の銀毛を逆立たせて、王を睨み返す。
「私に、命令するな。いいな、結婚式は予定どおり執り行う。一日たりとも遅らせるな」
 グラングは司教の怒りに構わず冷たく命令すると、くるりと踵を返してその場を離れた。
 残された司教らは、王の後ろ姿を見送りつつ大きく落胆のため息をついた。
「困ったものだ」
「あの犬をどうにかしないと、教会の威信が揺らぎます」
「教会どころか、国家存続の危機だ。犬など娶ったら、近隣諸国のいい笑いものになってしまう。国民も、奴隷だった雑種犬が王妃になるなど絶対に認めんだろう。暴動がおきたらどうする」
 狼族の話し声に、ロンロは震えあがった。ここで見つかったら八つ裂きにでもされそうで、ロンロとララレルは狼たちに見つからないよう、そっとその場を離れた。
 翌日、耳聡いララレルが、ことの詳細を調べてきた。
「どうやら、虹色狼を信仰する教会が、お前のことを絶対に認めないらしくて、お前を地下牢につないで好きなだけ王に犯させて子供を産ませ、王妃は別に隣国から姫君を迎えればいいと、王に進言したらしい」
「……ええっ」 
「で、王様がブチギレた」
 ロンロは事の次第に頭を抱えた。自分がこの国にきたため、大混乱になってしまっている。
「そんな、僕はどうしたらいいの」
「どうしようもないだろ」
 ララレルは肩をすくめた。
「王様がどうにかしてくれるさ。だって、ここは彼の国なんだから。教会がどれだけ力を持ってるのか知らないけど、普通は王様のほうが偉いだろ」
 そういって、ソファにぽすんと腰かける。
「つか、運命の番になっても、犬族だとこの扱いなのかよ。だったら、お妃狙いもちょっと考えちゃうな」
「え? 何? ララレル?」
「何でもないよ」
「もしかしてララレル、……僕の代わりにお妃の座を狙ってたの?」
 ロンロの指摘に、ララレルはもう一度肩をすくめた。

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