呪いの人形をこわしたら義兄が赤ちゃんになってしまいました。頑張って子育てします。 01


『前略 吉原一太朗先生

 ご所望の呪術用木像がやっと手に入りましたので、アフリカより謹んで送らせて頂きます。
 アフリカ大陸トロドア共和国ネゴン村にて、自称二百歳のニゲ族大呪術師ロロバを一年かけて口説き落とし買いつけた、ブードゥの流れをくむニゲ族伝統魔術ヴォドによる、二百年前の白魔術道具です。
 この『夜の笏(しゃく)』は祈りを捧げることにより『百日間の魂の浄化』をへて望みを必ず叶えると言い伝えられています。
 大呪術師ロロバが、薬草とシュモクドリの糞を煎じたものをふりかけて、生贄を捧げ、魔力封印の儀式を行いました。効果のほどは先生ご自身の目でお確かめください。非常に魔力の強い品であるため、細心の注意をもって保存して頂けたらと思います。
 この資料が民俗学研究のお役に立てば幸いです。
 では、再会できる日を楽しみに、先生の益々のご活躍を祈念しております。
                                   草々
                          ロゲン大学民族研究室 大泉大志』



 ちょうど父親の一周忌に、船便で届いたその品は、ひどく奇妙な形をした置物だった。
「祈りを捧げることで、百日間の魂の浄化をへて、必ず望みを叶える……?」
 吉原結太(よしはらゆいた)は木箱から、厳重に梱包されていた七十センチ程度の、木と鳥の骨を組みあわせて作られた細長い木像を取りだした。
 人間の腕ほどの大きさのそれは、全体にくさび型の彫刻が施され、頭に乳白の頭蓋骨が組みこまれている。てらてらと黒光りしていて、何か不思議なパワーを感じさせる品だった。
 一年前に、再婚相手の義母と共に交通事故でこの世を去った父は文化人類学の研究者だった。アフリカ文化の、特に宗教や呪術を専門とし、その分野では名も知られていた。この荷物の送り主は父が死んだことを知らなかったのか、それとも荷物がどこかで滞っていたのか。命日に届いたことに結太は不思議な巡りあわせを感じながら、手紙に書かれていたことをもういちど読み返した。
「非常に魔力の強い品である、と」
 かるく栗色に染めた髪を揺らして首を傾げる。今年二十三歳になる結太は、中性的と言われるゆるふわな童顔をしかめて、不気味なオーラを放つ木像を観察した。
 亡くなった父はよく、結太にアフリカの魔術について話をしてくれた。あの広大な大陸の奥では今も呪術が日常的に使われ、人々は精霊や先祖の霊と共に暮らしているという。黒魔術に白魔術、祈祷や供儀が普通に行われる世界に、結太はいつも不思議な畏怖を覚えたものだった。
 しかしここは現代科学あふれる日本国である。明るい電灯の下でよく見てみれば、怖ろしげな呪術道具も珍しい民芸品でしかなかった。
 そのとき、台所のオーブンから焼きあがりを知らせるかるい電子音が聞こえてきた。
「あ、いけねっ」
 手紙と木像を、オープンキッチンに設置されたカウンターの上におくと、結太は台所に入りオーブンからグラタン皿を取りだした。焼きたてのチーズの香ばしい匂いがキッチンに立ちのぼる。
「よし、いい感じ」
 熱々を受け皿にのせて、結太はテーブルに運んだ。ダイニングの四人がけテーブルには、グラタンの他に鶏唐揚げや生春巻にパエリア、手作りケーキにアルコールなどが用意してある。
 両親が死んでから、結太がひとりで暮らしているこの3LDKのマンションに、今日は兄の宗輔(そうすけ)やってくる予定だ。彼のために結太は仕事先の幼稚園から帰ってから、台所にこもって得意の料理の腕をふるっていた。
 亡くなった義母から家事一般を教わっていた結太は家の仕事が好きで、それが長じて今は幼稚園教諭の職についている。手先も器用、やりくり上手、子供のあしらいもうまいということで、同僚からは『吉原先生が一番主婦に向いてる』とも言われていた。
 時計を見れば、午後九時少し前。そろそろ彼がやってくるころだと思いつつ、結太はまた、独り言をもらした。
「あの木像に祈れば願いが叶うってこと?」
 カトラリーを抽斗から取りだしてテーブルにおく。そうしながらカウンターの像に目をやった。叶えたい望みはいくらでもある。特に今の結太には、どうしても叶えたい大きな願いがひとつある。
 結太はエプロンの前だれ部分で手を拭いて、木像をカウンターに立てかけた。
「試しにやってみよっかな」
 受取人の父はもういない。これはもしかして父からの贈り物だったりして。結太の憂いを心配した天国からのプレゼントなのかも。
 白魔術の方法など知らない結太は、何となく手をあわせて、アフリカ奥地に生息する精霊に願いをかけてみた。
「どうか、宗輔さんとの不仲が解消して、今よりずっと仲良くなれますように」
 パンパンと柏手を打って頭をさげる。こんなもんで祈りが届くものなのかと半信半疑の祈願だった。
「日本語で祈って、アフリカの精霊に通じるのかな。でも、父さんは、精霊は言語じゃなくて祈った人の心を読み取るって、確か言ってたよな」
 呟きながら、年代物の民芸品をしげしげと眺める。
 そこにインターホンの電子音が鳴った。
「あ、きたっ」
 結太はいそいそとインターホンの受話器を取りあげた。
「はいっ!」
「俺だ」
「あっ、宗輔さん。待ってました。あいてますよ。入ってきてくださいね」
 結太は急いで残りの料理をテーブルに並べた。ほどなく背後でダイニングの扉があき、モデルのように見栄えのいい男が入ってくる。
 百八十をゆうに越える身長は、百六十八しかない結太よりもずっと高く、スタイルも抜群にいい。そして顔は眉目秀麗という言葉を体現しているかのように整っている。女性なら誰でも、目があえば無条件に頬を染めてしまうタイプの正統派イケメンだ。
 今日の彼の恰好は、ダークグレイの背広に、手にはコートと鞄を抱えていた。どうやら仕事の帰りらしい。男らしい端整な顔には、一日の仕事の疲れが滲んでいた。
 弁護士になって一年目の宗輔は、ここから五駅離れた法律事務所に勤務していた。
 職業柄、いつもスーツをピシッと着こなし、理知的な見た目の宗輔は、頭の中身も格別にできがいい。学校の勉強は不得意だった結太とは大違いの尊敬できる優秀な人だ。しかし性格は『若いのに頑固で偏屈。しかも口が悪い』と知人や友人らから評される、いささか気難しいところがあった。
「いらっしゃい。お待ちしていました」
 結太が、にっこりと笑顔を向ける。幼稚園では、園児や同僚らに好評の『よしはらせんせーのはなまるえがお』だ。
 宗輔は、結太の笑顔を無表情で一瞬だけジッと見おろし、表情を変えぬままパッと目をそらした。まるで苦手な生き物を相手にするかのような態度はいつものことだ。宗輔は結太に対して親しい態度を取ったことはない。
「今日は何の用があってわざわざ俺を呼んだ?」
 結太の挨拶を無視して部屋を見渡す。
「えと、今日は父さんと母さんの一周忌じゃないですか。法要はこの前の日曜日にお寺ですませたけど、会食はしなかったので、今日ふたりで食事でもしながら語りあいたいかなあと」
 結太は奥にある和室を指さした。そこには小さいが仏壇もおかれている。できれば、お線香の一本でもお願いしたいと思って頼んでみたのだが、宗輔は冷たい眼差しを向けただけだった。
「そんなことで俺を呼んだのか」
「そんなことって。今日は、宗輔さんのお母さんも亡くなられた日なんですよ」
 宗輔と結太は、四歳違いの兄弟だった。けれど血のつながりはない。宗輔は義母の連れ子で、結太は父親の連れ子だ。そして結太の実母は、結太を産んですぐに死んでいる。
「一周忌はこの前終えた。会食は必ずしも必要じゃないだろう」
「そんな」
 相変わらずの冷淡な態度に悲しくなる。
 宗輔は、母親の再婚にずっと反対していた。十四年前の両親の結婚以来、結太たちと打ち解けたことは一度もない。高校卒業までは共にここで暮らしていたのだが、その間も結太はまともに口をきいてもらえたことがなかった。
「せめて今日ぐらいは、機嫌直して仲良くしてくれませんか。俺たち、たったふたりの兄弟なんですよ」
 それに宗輔は、整った眉をよせた。



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