ゆるキャラ系 童貞男子の喰われ方 01
「お宮通りへ、肝だめしに行ってみない?」
駅まえの居酒屋で、通っている専門学校の帰りに皆で飲んでいた時、そのうちのひとりが言いだした。
同じグループでレポートを仕あげた打ちあげに、男ふたり女ひとり、テーブル席で世間話に盛りあがっている最中だった。
「お宮通りって、駅裏の?」
小池陽向(こいけひなた)は、その話題がでたときに、嫌な予感がした。
「そうそう、そこ。あの、狭い飲み屋街」
「あそこって、ヤバイ場所なんだろ?」
三人とも二杯目のチューハイを空にして、ゆるく酔いが回り始めた頃だった。
「大丈夫だよ。三人で行けば。俺、あそこ一度行ってみたかったんだよね」
言いだしたのは、友人の多田(ただ)という男だった。金髪でノリのかるい、いわゆる専門デビューと噂されている調子のいい奴だ。
「ホントに行くの?」
反対に、見た目は地味で、身長が百五十三センチしかないチビで小心な陽向は大抵傍観者として見ていることが多い。髪は黒いままで天然パーマのゆるふわ状態、身体つきは子供っぽく、狸顔に目だけはパッチリ大きな容姿は、皆からマスコット的に弄られる存在だ。
「ああ、あの駅まえ再開発から取り残されたすごく昭和な通りね。あの奥って、三十年ぐらいまえの映画のセットっぽいよね」
一緒にいた女の子の、桐島(きりしま)も興味を示してきた。
「けど、あそこ、恐い人や店があるって聞いたことあるわよ」
「外国じゃないんだしさ。平和な日本で、そんな危険な場所なんて、そうそうあるわけないじゃん」
多田が、大したことないよと言ってくる。他県出身の三人で、学校近辺の話題で盛りあがっていたところだったから、行こう行こう探検ツアーだと、多田が勝手に音頭を取って話を進めていってしまう。
「ヤバそうなら引き返せばいいし。どんなとこか、見るだけ見てみよ」
「じゃあ、見学だけなら。けど店は入らないわよ」
「よっし、なら決まり」
一次会の居酒屋を終えて三人そろって店を出ると、のり気の多田がふたりを引っ張って線路を渡り駅裏へと先導して行った。
陽向は渋々、気の進まないままうしろについて行くことにした。明るい繁華街である駅の表とは違い、裏口は街灯がまばらに立つビル街となっている。
その、線路沿いにお宮通りはあった。
「雰囲気あるよね」
三人で、うらぶれた再開発から取り残された一角のまえに立つ。
古い通りには、戦後すぐから建っていると噂される年代物の店が軒をならべていた。汚れてさびたアーケードが狭い通りを覆っている。道幅は車一台がやっと通れる程度。奥はごちゃごちゃしていて見通せない。全長数百メートルの最後は行きどまりで、お宮さんがあることからお宮通りの名前はついていた。できた当初は賑わっていたらしいが、どんづまりの地形のせいで人の流れが滞ってしまい、だから時代と共に寂れていったのだと同級生に聞いたことがある。陽向自身は隣の県出身だったから、ここに来るのは初めてだった。
「なあ、やっぱり帰ろうよ」
陽向が引きとめるのに、多田が通りの奥をのぞきながら興味津々の顔を見せる。
「ちょっとだけ、行ってみようよ」
「いや、まずいよ。ここ、ガラが悪くて怪しい売人とかもいるから、地元の人だってあまりよりつかないって聞いたよ」
陽向の言葉にも、気にする様子はない。
「大丈夫だよ。怪しかったら、すぐに逃げればいいんだし」
桐島の方を見れば、彼女も恐がってはいたが入ってみたそうな顔をしていた。お化け屋敷を試すような心境なのかもしれない。
「……なら、ちょっとだけだよ」
仕方なく、流れに負けて一緒について行くことにする。ふたりに続き、都市ゲームのダンジョンに挑むような心持ちで足を踏みだした。薄汚れた看板を見ながら、少しずつ奥へと進んで行く。通りを歩く客層も、駅の表側にある商店街とはずいぶん様子が違う。灰色と茶色の風景に馴染む人たちが多かった。
個人で営んでいる居酒屋にホルモン焼き屋、女性の名前が看板に記された年季の入ったスナック。錆びたシャッターが下りたままの店もあった。テレビなどで見る大都市の裏通りの治安の悪さとはまた違う感じがする。どちらかと言えば、昭和の裏通りにタイムスリップしたような懐古的な雰囲気があった。
「そんな、怖くないよね?」
「なんだ、大したことないじゃん。ちょっと古いだけだよ」
多田が先へ先へと進むのに、陽向は桐島と共にあとを追いかけた。
「なあ、もうそろそろ、引き返そうよ」
陽向が多田の服の袖を引っ張ろうとしたとき、通りの端にいた四人組に声をかけられた。
「よ。あんたら、学生?」
気さくな話し方で、近よってきたのはストリート系のファッションに身を固めた、怪しげな男たちだった。
野球帽を後前にかぶり、耳にはいくつものピアスにずりさがったデニムパンツ。そして皆、夜だというのにサングラスをかけている。彼らだけ非常に平成な集団だった。
「ええ。そですけど?」
格好つけたがる多田が、顎を持ちあげ偉そうに返事をする。それに相手が苦笑した。
「だと思ったよ。頭よさそうだもんな。ねえ、ちょっと、いいもんあるんだけど、見ていかない?」
うさんくさい笑い方で、陽向らを取り囲むようにしてくる。その普通じゃない様子に、陽向はなんだか怖くなった。けれど、多田は平然とした顔で彼らの相手を始める。アルコールが入っているせいで、気が大きくなっているようだった。
「え? なに? いいもんてもしかして、ヤバめのもの?」
「まさか。俺らが持ってるのは合法のものばっかだよ」
「合法の、なんですかぁ?」
多田が無邪気に話しかける。
「合法の、ハーブとかドラッグだよ」
それホントに? と多田が声をあげる横で、桐島が陽向に小声で「これやばいんじゃないの」と囁いてくる。嫌な予感がして、なにも起こらないうちに戻ろうと陽向は多田の手を引いた。
「なあ、もう、帰ろうよ。……すいません、俺ら、そういうのはいいですから」
あとの台詞は男らに言ったものだったが、それに集団のうちのひとりがギロリと睨みをきかせてきた。三人を囲っていた男たちが、にわかに態度を変えてくる。
「おい、あんたは黙ってな。俺らはこっちの兄ちゃんと取引してんだ」
いきなりドスのきいた声をだしてきたのに、多田も瞬時に酔いが冷めたのか目をぱちくりさせた。
「や、やだなあ。まだ買うなんて言ってないじゃないですか。話、聞いただけっすから」
及び腰になった多田に、四人組の表情が一変した。
「は? ふざけんなよ」
「なに調子こいてんだこのガキ。俺らからかうつもりだったのか」
距離をつめて、大声をだし始めた男たちに多田も委縮して「ひい」と情けない声をあげた。
けれど通りを行きかう人たちは、こちらを見るものの助ける気はないらしく一瞥して素通りしていってしまう。もしかしてよくあることなのかもしれない。
助けを呼ぶこともできそうになくて、かといってこのまま逃げだすのも困難な状況に、どうしていいかわからず陽向はオロオロとなった。こんな局面に遭遇したことがないので対処の仕方がわからない。女の子も連れているので危ない目に遭わせてはいけないし、謝ってしまえば無事に解放してもらえるものなのかと焦ってしまう。
「兄ちゃん、あんたはこっちきな。俺らと商売しようぜ」
そうしているうちに多田が手を掴まれ、連れて行かれそうになった。いくら持ってんだよ、あるだけだせば帰してやるよ、と脅される姿を見ていたら、陽向の横にいた桐島が、男に腕を引っ張られた。
「あんたらは、こっちきな」
「きゃっ」
小さく悲鳴をあげた桐島に、陽向は驚いて男の手に縋った。
「や、やめてください。暴力はっ」
「おお? なんだ、チビのくせにヤル気かよ」
厳つい体格の、まばらに髭を生やした男が面白そうに陽向を見下ろしてきた。男らに比べてずっとひ弱な陽向だったが、今はそんなことに構ってられなかった。
「彼女に手をださないでください」
桐島を庇うようにしたら、男に胸を指先でひと突きされる。よろけたところに、足払いがかけられた。
あ、と思ったときには遅く、酔っていたこともあって簡単に道路に尻もちをついてしまう。
「陽向」
桐島と、多田も驚いた声をだした。けれど男らは笑うばかりで、ふたりの手を掴むと通りの奥へと引っ張っていこうとする。やめて離して、ともみあっているところに背後から大きな声が響いてきた。
「おい、そこでなにやってんだよ」
凄みをきかせた、低い声が聞こえてくる。
顔をあげると、多田を連れて行こうとした男らの後ろから、ひとりの背の高い男が現れた。
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