白金狼と、拾われた小犬の花嫁 10


「……グラング、どこ?」
 窓から見える空が、東側だけ青白い。全裸のロンロは素足を床におろした。そのときザザッと音がして、窓から一匹の大狼が入ってきた。
 薄暗い中でもよくわかる。しなやかで逞しい姿は獣化したグラングだ。
「起きていたのか」
 グラングは朝露のついた身体をブルッと払って、ロンロのもとへとやってきた。
「どちらに?」
「何、朝の散歩だ」
 そう言って、ロンロの手をペロリとなめる。
「昔は日課にしていたのだが、ここのところ、眠りが深くて早朝に出かけることはなくなっていた。けれど、今日は少し眠りが浅くてな」
 白金狼は目を細めた。
「お城の中を散歩されたのですか。いいなあ、僕もいきたかったです」
 なかなか外出できないロンロは、羨ましくなってそう答えた。それにグラングが「ふむ」と首を傾げる。
「そうだな。お前ならば連れていってもいいか。では、これから一緒にいくか?」
「え? いいのですか」
「朝日がのぼるのを一緒に待つのも悪くない」
 ロンロは嬉しさに、くるりと身を跳ねさせた。すると灰色の小さな犬に変身する。
「ついてこい、少し、飛ばすぞ」
「はい。大丈夫です」
 毎晩、沢山エッチをするけど、ご飯も一杯もらえているし、好きなだけ寝かせてもらえている。だから朝になれば元気が戻っている。ロンロは嬉しさにぴょんぴょん跳ねた。散歩大好き。どこへでもいける。
 グラングが窓を飛び出る。部屋は二階にあったけれど、すぐ下に屋根があった。そこを伝って木の枝に移り、地面に降りる。
 王都は立派な城壁に囲まれた広い都市だ。その北側に城がある。そして城の背後には、森と丘が広がっていた。グラングは森を抜けて、丘の天辺まで一気に駆けていった。ロンロもその後を追いかける。こんなに力一杯走ったのは久しぶりで気分が高揚した。
 丘の頂上には大きな樹があった。濃い緑色の葉を茂らせて、堂々とそびえている。太い幹の根元につくと、グラングはやっと立ちどまった。遅れてロンロも、彼の元にたどり着く。
「ついてこられたな。さすがわが妃」
 優しい王は、こんな些細なことでもほめてくれる。ロンロは叱られるばかりの人生だったのでとても嬉しかった。グラングはやわらかな草の生えた場所にロンロを導くと、そこで一緒に腰をおろした。大きな身体と尻尾を使ってロンロを抱えこむようにする。
「どうだ、この景色は」
 眼下には城下町が広がっていた。立派なお城や、高い塔や、美しい彫刻の刻まれた聖堂が遠くに見える。
「すごく、素晴らしいです」
 語彙の少ないロンロは、それだけしか言えなかった。けれどグラングは楽しそうに微笑んだ。
「ここは王の森と言って、代々の王しか入ることができない」
「そうなのですか? そんな神聖な場所に、僕がきてもよかったんですか」
「よい。お前は特別だ」
 グラングが、ロンロの顔を舐める。くすぐったくて気持ちいい。
「私は幼い頃から、ひとりになりたいときはいつもここにきていた」
「グラングはひとりになりたかったのですか」
 もしかして、ロンロがそばにいる生活が嫌なのか。そう思ってしまったロンロが焦ってきくと、そうではない、というように首を振る。
 グラングが遠くに目をやる。その横顔が、すこし淋しげなものに変わった。
「私の母は、私が幼いときに病で死んだ。私には父と三人の兄がいたが、私が十三歳のときの、隣国との戦で皆、死んだ。王家の白金狼は私ひとりとなった」  
 明けゆく東の空に顔を向け、静かな声で語り出す。
「残された私は未熟なまま玉座につき、今日まで懸命に国を守ってきた。十年かけてこの国も落ち着いてきたが、それも私ひとりの力ではなく、国民と臣下の協力があってのことだった」
 そしてふっとため息をついた。 
「別に、今の生活や地位に不満があるというわけではない。家臣らは優秀で、いつも私のことを気遣ってくれる。だが、それがどうにも煩わしいと感じてしまうときもある。私のためにとわかってはいるのだが。彼らの本心が見えぬときは私も苦しむ。そんなときはここにきて、心を平安に保つようにしている」
「……」
「発情期が訪れるようになってからは、発情に襲われるたび、この奥の洞窟に籠もってひとりで苦しみに耐えたものだ」
 丘の背後にも、森は広がっている。
「いつか出会うであろう、運命の番を夢見て」
 ロンロはその言葉に、申し訳なさを感じてしまった。
「すいません、その番がこんなんで……」
 立派な王になったのに、番には恵まれなかったようだ。シュンとうなだれると、グラングが口角をあげて、たれた耳を甘噛みする。

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